佐賀県のとある家族の約30年にわたる“嘘”と“愛”と“絆”を巡る物語——映画「架空の犬と嘘をつく猫」

目を引く不思議なタイトルに想像力を掻き立てられる1月9日公開の映画「架空の犬と嘘をつく猫」。高杉真宙主演の本作は、“不都合な真実”から目を逸らして暮らす、佐賀県のある家族の約30年にわたる“嘘”と“愛”と“絆”を巡る物語。大事件は起こらずとも、愛憎入り混じる複雑でやっかいな存在である家族。そこで起こる小さくて大きな問題は、誰もが身近に感じられ、他人事ではなく心がザワつき、様々な感情に揺さぶられることだろう。
不都合な真実に目を逸らし、バラバラに生きている家族

佐賀県のある街で暮らす羽猫(はねこ)という珍しい苗字の家族。その中心人物は、家族の“嘘”に寄り添い、皆に合わせて生きてきた“優しい”長男・羽猫山吹(高杉真宙)。山吹は、事故で幼い弟の青磁を亡くした日から、青磁の死を受け入れられない母・雪乃(安藤裕子)を慰めるために、弟になりすまし手紙をずっと書き続けている。父・淳吾(安田顕)は空想の世界で溺愛する次男を追い求める妻を受け入れられず愛人宅を行き来し、次々と事業を失敗してきた夢見がちな性格の祖父・正吾(柄本明)は、裏山に遊園地を作ろうと無茶な計画を立てる。面倒見のいい祖母・澄江(余貴美子)は言葉巧みに“嘘”を織り交ぜて骨董屋で商売しており、姉・紅(向地祐香/藤中璃子)は「嘘と嘘つきが嫌い」と言って家族に反抗心を見せる。
羽猫家は一つ屋根の下で寄り添いながらも、雪乃の空想を見て見ぬふりするなど、皆が不都合な真実に目を逸らし、バラバラに生きている。そんな機能不全の家族の中でただ一人、家族と向き合う山吹は、進学や就職、初恋相手の中学校の先輩・かな子(深川麻衣)や転校した幼馴染・頼(伊藤万理華)との再会、そして恋愛や結婚なども経て成長していく……。
主人公の山吹は、どこにでもいそうな普通の優しい好青年。優しすぎて責められたり頼られすぎることもある。その優しさは相手を自然に思いやった行動で、計算しているわけではないが、自分のためにおこなっているところもある。亡くなった青磁のふりをして雪乃宛の手紙を書き続けていることも、山吹本人としては“優しい嘘”ではなく、自分なりの理由があるし、家族の呪縛に囚われているともいえる。後半で胸に秘めていた本心を吐露する場面は、山吹が子どもの頃から抱え続けてきた複雑な感情や心の闇を垣間見せ、その辛さや悲しみが痛いほど伝わり、何度見ても涙が誘われる。
ネイティブな方言とロケ撮影で映し出された佐賀の空気感

原作は、『ビオレタ』(ポプラ社刊)でポプラ社小説新人賞、『水を縫う』(集英社刊)で河合隼雄物語賞を受賞し、『川のほとりに立つ者は』(双葉社刊)が本屋大賞9位に入賞した寺地はるなの同名小説。監督は長編映画デビュー作「おじいちゃん、死んじゃったって。」(2017)がヨコハマ映画祭・森田芳光メモリアル新人監督賞ほか多数の国際映画賞を受賞し、「愛に乱暴」(2024)でも世界の映画祭で高い評価を受けた森ガキ侑大。本作も世界15大映画祭の一つ、タリン・ブラックナイト映画祭のコンペティション部門に選出された。脚本は日本アカデミー賞脚本賞を受賞した「浅田家!」(2020)や「味園ユニバース」(2015)「わたしの幸せな結婚」(2023)の菅野友恵が担当している。音楽は台湾出身でデイタイム・エミー賞の受賞経験を持つCali Wang、劇中アニメーションをインドのアーティストSubarna Dashがそれぞれ担当するなど、異なる文化圏の感性を取り入れた国際色豊かなスタッフも起用されている。
主演の羽猫山吹役には、現在29歳ながら16年以上の俳優キャリアを誇り、確かな演技力で幅広い役柄を演じてきた高杉真宙。高杉本人の柔らかな存在感と共に福岡県出身者であることも活かされ、劇中の佐賀の方言はネイティブそのもの。原作者・寺地の故郷の佐賀県が舞台のため、唐津市や小城市など全編を佐賀県内でロケ撮影されており、台詞の方言も聞き取りやすい九州弁風ではなく佐賀で日常的に使われているリアルな言葉遣いで、映し出される畑ばかりの風景などと共に、現地の空気感が色濃く反映されている。
九州内でも地域によって方言や気質や文化は微妙に異なるが、隣接した佐賀県と福岡県は、風景も言葉も生活圏も近い地区が多い。特に県境を挟んだ佐賀県の東側と福岡県の西側は文化圏も交差していて、筆者も佐賀県との県境の地域の福岡県出身者のため、劇中の言葉や風景は地元にしか見えず、身近さや郷愁を感じた。観光地のような場所はほとんど出てこないが、佐賀や九州ならではの空気感は、本作の重要な背景の一つとなっている。
共演には、山吹の人生に深く関わる正反対の女性像を体現した伊藤万理華と深川麻衣をはじめ、母・雪乃役にシンガーソングライターの安藤裕子、姉・紅役に『SHOGUN 将軍』の遊女・菊役で注目を集めた向里祐香、父・淳吾役に安田顕、祖母・澄江役に余貴美子、祖父・正吾役に柄本明のほか、ヒコロヒー、鈴木砂羽、森田想ら、幅広い世代の実力派俳優たちが集結している。また、主人公・山吹の中学生時代を演じた堀口壱吹は、高杉と顔立ちがそっくりで違和感がなく、姉・紅の少女時代を演じた藤中璃子が、撮影当時小学5年生ながら、劇中の小学5年生から高校1年生までをこちらも違和感なく演じていることにも驚かされる。
家族の数だけそれぞれの家族のかたちがある

大事件は起こらないし、感動を煽る音楽や過剰な演出もない。説明台詞もほとんどないため、家族の複雑な事情もすぐにはわからない。しかし、例えば二段ベッドの上段は、布団が敷かれぬいぐるみなどに囲まれた寝床が用意されているが誰も使っておらず、家族がそこを見つめるまなざしで、兄弟がいたことや家族それぞれに複雑な感情を抱いていることがわかる。そんな羽猫家の家庭事情やタイトルの意味、饒舌ではない山吹の本心なども、物語が進むにつれて段々とわかってくる。何気なく挟まれたカットや説明的でない最小限の台詞の中には、すぐに理解できなかったり、小さな違和感をあたえるものもあるが、その正体や意味が、物語の中で次第に気づかされたり解き明かされていくため、自然と引き込まれていく。
それぞれが自分の生き方を優先している羽猫家は、一緒に暮らしていてもバラバラだが、一部の特別な事情を除けば、際立って不幸な家庭というわけではない。亡くなった次男が生きている空想の世界に囚われ、目の前の長女と長男に向き合おうとしない母親と、その妻を放置して愛人宅に通う父親がいることは、子供にとっては不幸だし、家庭崩壊にも繋がる大問題だが、同居する祖父と祖母は孫たちに愛情を注いでくれているし、生活苦もない。しかし家族にしかわからない複雑な事情や関係性を丁寧かつ繊細に描いていて、家族の個々の事情は違っても他人事とは思えないため、自分の家族に思いを馳せてしまわずにはいられない。見る人によって異なる登場人物に感情移入して、自分の物語に感じられる人も多いはずだ。
また、愛憎入り混じる家族という存在のやっかいさに、「家族をやめたい」と思ったことがある人も少なくないだろう。家族の問題は家族の数だけあって、それぞれの家族にしかわからない複雑な事情がある。ラスト近くでバスの中に家族が揃うシーンは、バラバラにそれぞれの距離間を保ちながらも同じ方向を向いて気遣いあっており、この家族なりの適切な関係性を象徴している。理解し合えなかったり、すぐには解決できない問題も多いが諦めず、時間をかけて寄り添うだけでもいい。家族は呪いでも呪縛でもないし、考えはバラバラでそれぞれが自分本位で生きていたり、離れて暮らしていても、見えない絆で結ばれていたり心の拠り所となるような、それぞれのかたちがある。本作では答えや正解を描いてはいないが、家族関係の悩みを持つ人の心を少し軽くしたり、温かい目で家族との向き合い方を見つめ直すような物語で、静かな感動の余韻が長く残る作品だ。
文=天本伸一郎 制作=キネマ旬報社・山田

「架空の犬と嘘をつく猫」
1月9日(金)よりTOHOシネマズほか全国にて公開
2025年/日本/125分
監督:森ガキ侑大
脚本:菅野友恵
原作:寺地はるな『架空の犬と嘘をつく猫』(中央公論新社刊)
音楽:Cali Wang
出演:高杉真宙
伊藤万理華、深川麻衣、安藤裕子、向里祐香、ヒコロヒー
鈴木砂羽、松岡依郁美、森田想、高尾悠希、後藤剛範、長友郁真、はなわ
/安田顕、余貴美子、柄本明
配給:ポニーキャニオン
©2025 映画「架空の犬と嘘をつく猫」製作委員会
公式HP:https://usoneko-movie.com/
