第51回城戸賞準入賞作品「実相」全掲載
1974年12月1日「映画の日」に制定され、第51回目を迎えた優れた映画脚本を表彰する城戸(きど)賞。応募総数は495作品。本年度は大賞作品は出なかったが、準入賞3作品の中、最も総合点の高かった「実相」のシナリオ全文を掲載いたします。
「実相」中條ルネ
あらすじ
終戦間際の日本。帝都新聞社に勤める若き写真部員・早瀬光一は、軍や上層部の意向に従い、戦意高揚のためのプロパガンダ写真を撮っていた。そんな彼に下されたのは、原爆投下直後の広島への取材。
生まれ故郷である広島で光一が目にしたのは、言葉を失うような惨状だった。軍は「広島は大丈夫」と印象づけるための演出写真を撮るよう命じる。だが、光一はその指示に抗い、現実をそのまま撮ることを決意する。
同行したベテラン記者・田淵との対話や、そこで出会う人々との交流を通じて、光一の中に記者としての信念が芽生えていく。彼は一人広島に残り、カメラを手に人々の姿を記録し続ける。だが、本社に送った写真はなかなか新聞に掲載されず、苦悩の日々が続いていた。
ある日、彼が撮った写真がようやく新聞に掲載される。包帯だらけの少女・栞が、母親とともにリヤカーで身内らしき遺体を運ぶ姿。だが、紙面に載った写真は日本の被害者性を世界に訴えるために、母親が切り取られていた。そしてGHQによって、全てのネガが没収される。また、栞の母親から「娘を見世物にした」と非難されてしまう。
写真を撮るとは、伝えるとは何か。光一は信念を見失いかけるが、写真を「アメリカの雑誌からの転載」、そして地方紙は事後検閲という制度を利用し、帝都新聞の提携紙である山陽日報から世に出すことに成功する。
それから28年後。アメリカから返還された原爆関係の資料の中に、光一が撮った栞のネガが見つかる。彼女は生きているのか。もし生きていたら、今、どこで、どんな人生を歩んでいるのか。光一が懺悔の記事を出すと、一本の電話がかかってくる。小学校教師となった栞からだった。
栞は母を亡くした後、被爆者であることを隠し続けてきた。しかし今、自分の体験を伝える決意をしたのだと光一に告げる。「まだ、生きていますから」と微笑む栞に、光一は涙ながらに感謝する。その後、栞は皮膚科医となった光一の甥っ子・直人と再会する。光一は、手でカメラのフレームを作り、笑い合う二人を覗き込む。
●登場人物表
早瀬光一(30)(58)帝都新聞・写真部員
中村浩平(44) 帝都新聞・デスク
田淵豊 (44) 帝都新聞・写真部員
小宮鷹央(31) 帝都新聞・報道記者
藤原康英(51) 帝都新聞・編集局長
貴志匠(57) 帝都新聞・修整部員
緒方真(39) 帝都新聞・報道記者
千葉康二(34) 帝都新聞・報道記者
今岡忠士(53) 帝都新聞・事業部長
津田千晶(45) 山陽日報・報道記者
三村陽平(26)(54)帝都新聞・報道記者
吉竹和美(28) 光一の妹、看護師
吉竹直人(5)(33)和美の息子
吉竹明夫(35) 医者、和美の夫
本郷早織(33) 被爆者
本郷栞(7)(35) 早織の娘
ケン・タナカ(25) 日系通訳
(実在した人物)
ダグラス・マッカーサー(65) 連合国最高司令官
エリオット・ソープ(47) 民間諜報局長
ドナルド・フーバー(42) CCD局長
ブラッドフォード・スミス(36) CIE企画課長
緒方竹虎(57) 情報局総裁
松前重義(44) 逓信院総裁
(その他)
軍人
内閣情報局の高官
副官
記者1
職員
担当官
通訳
社長
兵士1
兵士2
若手記者
教員
○真珠湾攻撃のイメージ
T・昭和十六年十二月八日(日本時間)
大海原を眼下に零戦が姿を現す。編隊を組んでいる。
真珠湾の軍港が徐々に見えてきて──爆弾投下。
水柱が上がり、艦船が火を噴く。空は一瞬で炎と黒煙に覆われる。
ラジオ「臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます──」
○街中
新聞配達員が号外を片手に走っている。
ラジオ「大本営陸海軍部、一二月八日午前六時発表──」
人々が群がり、新聞を奪い合う。
ラジオ「──帝国陸海軍は、本八日未明、西太平洋においてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり」
新聞の見出し「大詔渙発 米英兩國ニ宣戰布告」
○内閣情報局・会議室
各省や報道の担当幹部が座り、示達を受け取る。
示達──「大本営の許可したるもの以外は一切掲載禁止」、「我軍に不利なる事項は一般に掲載を禁ず。ただし、戦場の実相を認識せしめ敵愾心高揚に資すべきものは許可す」とある。
○モンタージュ・報道の改竄
──東南アジアの占領について。
ゲラに「シンガポール陥落」「マレー進撃順調」の文字。赤ペンを持つ手が「陥落」や「進撃順調」に丸をつける。
新聞紙面「東南アジア戦線、大戦果」
× × ×
──ミッドウェー海戦。
ゲラに「空母四隻喪失」。赤ペンの手が一瞬止まり、ためらうように「四」にバツを引き、「一」と書き加える。
新聞紙面「空母二隻撃沈。我が方一隻のみ喪失」
× × ×
──ガダルカナル島の戦い。
ゲラに「壊滅的な被害により撤退」。赤ペンが「撤退」にバツをつける。
新聞紙面「ブナ ガナルカナルより轉進」
× × ×
──アッツ島。
ゲラに「日本軍守備隊全滅」。赤ペンが「全滅」に鋭くバツを入れる。
新聞紙面「アッツ島、皇軍玉砕にて真髄を顕現」
× × ×
──インパール作戦。
ゲラに「困難続く、補給線断絶」。
赤ペンが「困難」、「断絶」に迷いなくバツをつける。
新聞紙面「インパール作戦、驀進中」
× × ×
──硫黄島の戦い。
ゲラに「死傷多数、戦況厳し」。赤ペンが素早く「死傷」、「厳し」にバツをつける。
新聞紙面「硫黄島、我軍応戦続く」
航空機の音が徐々に増して──。
○東京上空(深夜)
T・昭和二十年三月十日
暗雲──その隙間から、B29が一機。すると背後から、次々に同機が現れ、空に銀色の編隊が広がっていく。
一機が腹部を開くと、続いて別の機体、さらに別の機体が照明弾を次々に投下。
雲の下、まるで昼のように明るさが増していく。
○内閣情報局・執務室(翌日・朝)
朝日が差し込む机の上。吸い殻の溜まった灰皿の傍に、帝都新聞。一面には東京大空襲についての記事。
大本営発表「都内各所に火災を生じたるも宮内省主馬寮は二時三十五分其の他は八時頃迄に鎮火せり」
窓際に立つ高官。顔はわからない。
○東京下町の爆心地(朝)
炭化した柱の根、崩れた土壁。瓦礫の隙間に歪んだ自転車のフレーム。焦げた小さな靴。
静まり返る焼け野原。空から細かな灰が絶え間なく降っている。
○タイトル『実相』
タイトルが消えると、カメラのシャッター音。
○ある鉄工所・桜島工廠跡(朝)
T・昭和二十年八月五日 大阪
カメラを下ろす、早瀬光一(30)。目の前に破壊された工廠が広がる。
光一「……戦闘機の機関部、此花で造っとたんですよね。影響は?」
と、軍人に。
軍人「まあ、村下重工は広島にも工廠持っとるさかい。たいしたことは、な」
光一、頷き、戦闘機の残骸へ向かう。
焼け焦げた大きな機体。
光一、カメラを構える。
軍人「……それ、アメ公のP51や」
光一「……日本の機体じゃ?」
尾翼にかすれたヒノマル。
軍人「……早瀬記者──国民の士気上げるんが、アンタの仕事やろ?」
光一「……」
光一、ゆっくりとカメラを構える。
シャッターにかけた指が一瞬止まる。
光一「……」
わずかに眉を寄せるが、シャッターを切る。
○帝都新聞社・大阪本社・外観
モダンで立派な社屋。
○同・報道部
慌ただしく動く記者たち。
中村浩平(44)、赤鉛筆でゲラにチェックを入れている。
光一、やってくる。
光一「中村デスク、今日の取材分です」
と、ネガフィルムを差し出す。
中村「(受け取って)ご苦労さん。ええやないか……戦闘機?」
あるコマに戦闘機の残骸が写っている。
光一「……米軍の、P51です」
中村「(軽く頷き)……製版、回しとけ」
光一「はい」
○同・屋上(夕)
光一、ポケットからタバコケースを取り出す。
中には不揃いの紙巻きタバコが数本。
一本抜き、口にくわえる。が、紙が裂けて中の葉が一気にこぼれ落ちる。
光一、舌打ち。
小宮鷹央(31)、やってくる。
小宮「どえりゃあ、ついてねえな」
と、軍用タバコを差し出し、
小宮「いるか? 陸軍大佐の御用達だ」
光一「結構です」
と、新しくタバコを取り出す。
小宮「……ま、これ吸うたらニセモンには戻れんくなるか」
光一「……」
田淵豊の声「くれや」
光一と小宮、後ろを振り返る。
小宮「……田淵記者」
無精髭の田淵豊(44)、目つきは鋭くもどこか虚ろ。
田淵「くれんだろ」
小宮「……ああ。どうぞ」
と、タバコを差し出す。
田淵、無言で受け取る。
小宮が火をつけると、田淵はゆっくり吸い込む。
田淵「……上等な味じゃぁ」
と、去っていく。
小宮「……あれが伝説の戦場屋? 見る影もあらへんが」
早瀬「……」
蝉の音がジリジリと増していく。
○1943年・光一の回想
アッツ島の戦い。
断続的な銃声がこだまする中、光一が背を低くして走っている。
胸には守るように抱えたカメラ。
岩陰を見つけ、身を投げ込むようにしゃがみこむ。
息が乱れる。手が震えている。が、カメラを構える。
ファインダー越し──焼けた日章旗、崩れた塹壕、動かぬ兵士たち。と、爆発音!
光一、思わず身を伏せる。
カメラを庇うように胸に押しつける。
光一「……」
光一、またカメラを構える。
ファインダー越し──瓦礫の隙間に人影。ひとりの日本兵。
光一と、目が合う。
光一「……っ」
兵士の表情がかすかにゆるむ。と、拳銃をこめかみに当て──銃声。
○ 1945年戻り・帝都新聞社・大阪本社・地下倉庫(深夜)
空襲警報が鳴る中、光一がハッと目を覚ます。
光一「……」
周囲には防衛当直中の記者たち。ゲートルを足に巻いた者、ヘルメットを被っている者も。
ラジオから防空情報。
ラジオ「──現在、西宮・芦屋・神戸方面に接近中と推定されます。午前0時30分ごろには兵庫南部に到達する見込み──」
大阪が標的ではないとわかり、少し安堵する記者たち。
小宮、舌打ちし、毛布を頭まで被る。
緒方真(39)と千葉康二(34)は不安そう。
緒方「……2ヶ月ぶりに神戸か。こりゃでけえかもしれんぱい」
千葉「……こっちさも来るかもしんねぇすな」
緒方「ああ……」
光一、黙って毛布に身を戻すと──隣で横になっている田淵と目があう。
光一「!」
光一、すぐにくるりと背中を向ける。
光一「(ぎゅっと目を瞑り)……」
空襲警報は鳴り止まない。
○モンタージュ・広島市内の様子(朝)
活気のある広島中心街。
市電が走る道路では車や通勤中の人々が行き交う。
× × ×
第二総軍司令部。
衛兵が門の前に立つ。
× × ×
商店街。
八百屋の店先。店主がトマトを水にくぐらせ、並べている。
× × ×
住宅地。
井戸端会議をしている主婦たち。
その中に笑顔の本郷早織(33)。
○小道(朝)
吉竹和美(28)、吉竹直人(5)の手を引いて歩いている。と、後ろから誰かが走ってくる。
本郷栞(7)、駆けてくる。
栞「あっ、直人と和美さん!」
和美「栞ちゃんおはよう。どこ行くん?」
栞「お使いじゃ。あ、直人! 今日こそビー玉勝負、決めるけぇの!」
直人「うんっ!」
栞「ほいじゃあの!」
と、笑いながら駆け去っていく。
和美「……今日も元気じゃねぇ」
すると、遠くで重たい音。
直人「……ひこーき?」
高空を機影が猛スピードで広島中心部へ進んでいく。
直人「……また、どっか隠れる?」
和美「うん……」
と、突然の閃光。
和美「!」
和美、咄嗟に直人を抱き寄せる。
和美の瞳が白く染まり──すぐに、ぎゅっと閉じる。
○帝都新聞社・大阪本社・製版部
暗室。写真の上、エアブラシの筆先が動いている。戦闘機の尾翼にある日の丸が消されていく。
貴志匠(57)、真剣な表情で作業をしている。
光一、入ってくる。
光一「貴志さん」
貴志「(顔を上げて)おお、光一くん」
光一「昨日の分、仕上がっとります?」
○同・廊下
光一、歩いている。
手元の写真――日の丸がない戦闘機。
光一「……」
背後から駆け足の音。
振り返ると、千葉。真っ青な顔。
千葉「は、早瀬さんっ! 広島に、爆弾が落とされたって……!」
光一「……え?」
千葉「大本営からは、まだなんもねんですが、とにかく、報道部さ!」
○モンタージュ・記者たちの反応
廊下で一人、立ち尽くす光一。記者たちが次々と光一の隣を通り過ぎて──。
小宮「白血病になるらしいがね」
緒方「子供がもう、できん体になる聞いた」
千葉「人、焼けたって……ほんとう、なんですか?」
中村「爆弾の影響で、草木がもう生えへんいう話や……」
光一「……」
○光一の家(夜)
写真。光一と和美と直人が写っている。
こじんまりとした部屋でその写真を見つめる光一。
光一「……生きとる、よな……?」
項垂れる光一の背中。
○帝都新聞・大阪本社・報道部(二日後・夕)
中村が机の前に立つ。
光一、小宮、緒方、千葉を含む十数人の記者たちが集まっている。
中村「アメリカが新型爆弾を落として二日。広島支局とも連絡がつかん状況やが──」
中村、一枚の紙を掲げる。
中村「中部軍管区からの要請や。広島に記者を派遣してほしいと……早瀬、行けるか?」
光一「はい」
中村「もう一人」
視線を逸らす記者たち。
中村「緒方」
緒方「いやぁ、腰ん古傷がまた疼きだしてしまうて、ちぃと無理たい」
中村「千葉」
千葉「女房が、こないだ子ども産みまして……留守にできねぇんです」
中村「小宮は?」
小宮「ちょうど今、例の物資横ながしのネタが煮詰まりかけてまして……」
中村「……誰も行きたないか」
一同、沈黙。
と、田淵が部屋に入ってくる。
中村「……田淵、お前、広島行けんか?」
田淵「? ……ああ、アンタら噂聞いて、怖気付いとんのか。それでも記者かい。情けないのう」
と、自分のデスクに座る。
記者たち「……」
中村「……人のこと言えんやろ」
田淵「……」
中村「記事も書かん、写真も撮らん。ただ座っとるだけやないか。情けないのう」
田淵、立ち上がると、中村の元に勢いよくやってきて
田淵「(胸ぐらを掴み)アンタがそれ言うんか!」
中村「──わかっとるわ!」
田淵「っ!」
中村「……」
田淵「ちっ」
田淵、中村の胸ぐらから手を離すと、要請書を奪い取り、自分のデスクへ。カバンを取ると、出入り口へ向かう。
光一も慌てて自分のデスクから荷物を掴んで田淵を追う。
中村「だが、あくまで軍の要請や。これまで以上に軍に従って──」
田淵と光一、出ていく。
中村「……」
○走る軍用列車内(朝)
カメラを忙しなく触っている光一。
向かいの席に座る田淵、窓の外を見ている。
光一「……田淵さん、広島の出身じゃったですよね?」
田淵「……ああ」
光一「……ご家族は?」
田淵「……おらん」
光一「そうですか……」
田淵「……あんたは?」
光一「両親は、もう……でも、妹家族が、おります……」
田淵「……」
光一「……」
田淵「……知っとる町、撮ったことあるか?」
光一「え? えっと、そりゃあどがいな──」
田淵「焼け野原になった町じゃ」
光一「あ、いえ……」
田淵「……堪えるで」
光一「……」
田淵「自分が歩いとった道、よう知っとる顔……そいつらがカメラん中入るんは……」
光一「……」
田淵「じゃけえカメラ、落とすなよ」
光一「っ!」
列車のブレーキ音。
○広島駅(朝)
列車が停車する。
五十人ほどの記者たち、無言のまま降り立つ。その中に光一と田淵の姿。
光一「!」
駅舎の影もなく、見渡す限り焼け野原。
光一、声も出ない。
田淵、足元に目を落とす。
しゃがみこみ、手を伸ばして土を触る。焼け焦げた土が指に黒くこびりつく。
田淵「……」
○広島市内(朝)
強い日差しの中、光一たち記者が列を組んで歩いている。
焼け崩れた家々、歪んだ看板、ひび割れた電柱──人の気配はない。
光一、何かにつまずき、足を止める。
焼け焦げた三輪車のフレーム。近くに変形した小さな靴がひとつ。
光一「!」
歩く記者1、足を止める。
記者1「あれ、なんだ?」
他の記者たちも徐々に立ち止まる。
光一「?」
壁に小さな黒い影──子供の形をしている。
光一「……こ、子供……?」
息を呑む声。
田淵「……影まで焼かれるか」
記者たち、呆然と立ち尽くす。
光一「……!」
○広島のある広場(夕)
炊き出しの列。少女がおにぎりをもらっている。
光一、カメラを構える。
ファインダーの中──少女の笑顔。シャッター音。
光一、カメラを下ろす。
瓦礫の傍。腕に包帯をした看護師が怪我人に手当てをしている。
光一、カメラを構える。
レンズ越し。看護師、手当てを終え、顔があらわに──和美だ。
光一「! ……和美!」
と、駆け寄る。
和美「え……? 光一兄ちゃん? なんでここに──」
光一「お前、腕、どうしたんじゃ!」
和美「ああ、ガラスがちいと──」
光一「ガラス!? 安静にしとかんと!」
和美「じゃが、もう平気じゃ」
光一「何言うと──」
和美「うちの体はうちが一番わかっとる。それに、うちより、みんなのほうが、ずっと大変じゃけぇ……」
と、周囲の被爆者たちを見渡す。
和美「うちは看護師じゃ」
光一「……直人と、明夫さんは?」
和美「二人とも無事じゃけ、安心して」
光一「そうか……」
和美「でも、光一兄ちゃんが広島におるなんてな」
光一「取材で来たんじゃ」
和美「取材?」
光一「ああ……広島がどがあなことになっとるか――」
軍人がやってくる。
軍人「写真を撮る。並べ! お嬢さん、あんたもや!」
和美「うちもですか?」
軍人「ああ」
光一、和美に頷く。
和美、躊躇しながらも加わる。
田淵、遠巻に立っている。
記者たち、カメラを構える。光一もカメラを構える、
軍人「みな胸を張ってくれ! ピカドンにも負けん、立ち上がる広島の姿を見せつけんのや!」
光一のカメラのファインダー越し──炊き出しを囲む人々の中心に、和美。
光一「……!」
和美の背後、レンズの奥には──皮膚がただれた者、身動きもままならぬ者、そして瓦礫の隙間に焼け焦げた遺体。
光一「っ」
和美のぎこちない笑顔にピントが合い──。
○1943年・光一の回想・帝都新聞社・大阪本社(夕)
光一、新聞を中村の机に叩きつける。
光一「……玉砕て、なんですか」
椅子に深く腰掛けている中村。
見出しに「アッツ島、皇軍玉砕にて真髄を顕現」。本文にはこうある。「爆撃の合間、塹壕より立ち上がり『アッツの雪辱を果たす』と叫んだ兵の姿もあった」。
光一「……わしが見たんは、震えながら自分の頭撃った兵隊です!」
× × ×
(フラッシュバック)
兵士が拳銃をこめかみに当て、自分の頭を撃つ。
× × ×
光一「雪辱も、真髄も……そがぁなもん、どこにも──(無かった!)」
中村「(遮って)国民に絶望は見せん!」
光一「……!」
中村「ほんまのこと載せて……それ読んだ人間が明日も生きよう思えるか!?」
光一「……っ」
中村「新聞が見せんのは……希望や……!」
○1945年戻り・広島のある広場(夕)
光一の指がシャッターから少し離れる。
震える指。
ファインダー越し──和美の引き攣った笑顔。だがその奥には、動かぬ人々、焦土の広島。
視界が徐々にぼやけ、光が滲んでいき──。
○瓦礫の裏(夕)
光一、地面に手をつき、むせるように嘔吐している。
目には涙。息が荒く、肩が上下。
首にぶらさがるカメラ。
光一「……」
と、首からカメラを乱暴に外し、全力で投げる。が、田淵が現れ、キャッチする。
光一「!」
田淵「っ……」
光一「……っ!」
光一、田淵に詰め寄り、カメラを奪おうとする。
田淵「早瀬!」
光一、田淵から無理やりカメラを奪い取ると、思いきり投げる。
カメラが地面に叩きつけられる。
田淵「……!」
レンズにヒビが入ったカメラ。
光一「……あの子、笑っとった」
田淵「!?」
光一「ご飯もろうて、嬉しそうで。それ見て、わし、使える写真じゃ、って……」
田淵「……」
光一「じゃけど……和美がカメラん中入ったら、なんやカメラ重うなって……」
光一、視線を落とす。
光一「シャッター、押せんくて……」
田淵「……」
光一「……そん時……わし、撮ったらいけんって、思うて……持てんくなって……」
田淵「……」
光一「もう、無理じゃ……」
田淵「……」
掠れた鼻歌が聞こえてくる。
光一「……?」
音の先──栞が歩いている。
光一「……」
田淵「……よう歌えるのう」
光一「……歌うしか、ないかもしれんです」
田淵「……」
栞が座って、手を合わせる。
栞の横顔。
光一「……綺麗じゃ」
田淵「……撮るか?」
光一「え……?」
田淵、カバンからカメラを取り出す。
田淵「……貸すだけじゃ」
光一「いや、じゃが──」
田淵「撮りたいと思ったんじゃろ?」
光一「!」
田淵「撮りたいんなら、撮れ」
光一「……」
田淵「誰がなんと言おうと、これから撮るもんは──あんたが決めるんじゃ」
光一「っ!」
光一、迷いながらも手を伸ばし、カメラを受け取る。
田淵「……もう、落とすなよ」
光一、ぎゅっとカメラを握りしめる。
田淵、何も言わず、去っていく。
光一「……」
光一、恐る恐る構え、ファインダーを覗く。
座り込んでいる栞──こちらを見る。顔の半分は包帯だらけ。
光一「!」
栞の澄んだ瞳。
光一の目元、わずかに潤む。が、涙は落ちない。
一瞬、息を止め──「カシャ」。
○モンタージュ・玉音放送の人々の反応
玉音放送が流れている、
天皇「──朕ハ帝国政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ──」
以下、人々の反応──
ある民家。祖母が手を合わせる。母が子を抱き寄せる。
× × ×
ある学校。教壇に置かれたラジオ。教師と生徒たちが耳を傾けている。
× × ×
兵舎の一角。整列する兵士たち。誰も顔を上げない。ある兵が肩を震わせている。
× × ×
救護所。畳に横たわる被爆者たち。
× × ×
帝都新聞社、報道部。記者たちが椅子から立ち上がっている。
中村、ペンを握りしめる。
× × ×
列車に揺られる田淵。
田淵「……」
× × ×
広島の焦土。光一が歩いている。
崩れた家の中、ひしゃげて焦げたラジオ。かろうじて音が聞こえる。
光一、立ち止まる。
足元、ビー玉が転がっている。
光一、しゃがみ込む。
手を伸ばすが、指が触れたところで動きを止める。
光一、目を閉じる。
天皇「──堪ヘ難キヲ堪ヘ、忍ヒ難キヲ忍ヒ──」
○帝都新聞社・大阪本社・外観
○同・会議室
編集会議が行われている。中村、今岡忠士(53)、幹部たちが机を囲んでいる。
上座には藤原康英(51)。
藤原「民意は揺れ、軍の動きも読めぬ今、敗戦をどう報ずるか。舵を誤れば、騒擾の火種になる」
今岡「火種、ねぇ……もう生まれとるちゃいますかぁ? なあ、中村?」
中村「!」
藤原「どういうことだ?」
今岡「……あれまぁ。藤原編集局長、まぁだ聞いてはらんかったですかぁ?」
中村「……」
今岡「いやぁ、ちょっとした噂になってましてなぁ……うちの記者が、広島で軍令無視して勝手に動き回っとると」
藤原「事実か?」
中村「申し訳ございません」
藤原「なぜ報告を上げなかった」
中村「広島は、彼らの故郷です。現地の惨状を目の当たりにして、動かずにおれんかったのかと」
今岡「(鼻で笑う)……」
藤原「取材班は、今どこにおる」
中村「本日午前の列車で、大阪に戻ってきております」
藤原「彼らにはしかるべき措置を。また広島、そして長崎についても、以後は慎重に扱え。掲載前は必ず検閲担当を通すのだ。よろしいな」
中村「承知いたしました……」
○同・報道部
中村、机を叩く。
中村「軍の指示には従え言うたやろが!」
と、田淵に怒鳴る。
田淵「……」
記者たち、様子を伺っている。
中村「ほんで早瀬は!? 顔も見せんで、どこほっつき歩いとんねん!」
田淵「……広島じゃ」
中村「は? なんやと?」
田淵「(小さく笑みを浮かべ)……」
○ある国民学校・教室内
田淵のカメラで写真を撮っている光一。
臨時の救護所になっており、被爆者たちが寝かされている。
光一「……」
○同・廊下
光一、歩いている。
処置室から和美と直人が出てくる。
光一「直人!」
直人「! おじちゃん!」
○同・校庭
炊き出しが行われている。
直人がかぼちゃ粥を啜っている。
光一、隣で見守るように微笑む。
最後のひと口を飲みこみ、欠けた茶碗を置く直人。
顔色はよく、呼吸も落ち着いている。
光一「食欲、戻ったな」
直人「おかわりもいけるけぇ」
光一「ほんまか?」
直人「ほんまよ!」
光一の頬も緩む。
直人「あ、そうじゃ」
光一「ん?」
直人「(自分を指して)撮らんの?」
光一「……え?」
直人「いつも、いっぱい撮っとっるじゃろ」
光一「……直人は、ええけぇ」
直人「なんで?」
光一「……なんとなくじゃ」
直人「(納得いかない)ふーん」
光一「……」
○道(夕)
光一、歩いている。
周囲は焼け跡と瓦礫が広がる。
光一「……」
と、前方から掠れた歌声。顔を上げる。
壊れかけたリヤカーを引く早織の姿
後ろから、顔に包帯をした栞が押している。
栞「ねんねんころりよ、おころりよ──」
光一「……」
荷台には、布をかぶせられた何か。
光一の横を通り過ぎようとすると、
石に乗り上げ、リヤカーが傾く。その拍子に、布がわずかにずれる。男性の遺体。
光一「……!」
光一、思わずカメラを構える。
ファインダーの中──早織と栞が遺体を運んでいる姿。
光一の指がシャッターにかかる。
ファインダー越し──栞がカメラに気づく。
栞「……なんで撮るん?」
光一「!」
早織「(光一に気付いて)……見せもんじゃ、ありゃせん……!」
光一「っ……(カメラを下ろして)すみません……」
早織、歩き出し、栞もリヤカーを押す。
光一、歩き出す。だが少しして、振り返る。
遠ざかっていく早織と栞の背中。
光一「……」
カメラに視線を落とし──。
○ある広場(夜)
天幕が張ってある。
入り口に貼られた紙には「帝都新聞/山陽日報 仮広島支局」の文字。
○天幕内(夜)
三村陽平(26)、筆で紙に文字を書いている。
壁新聞──炊き出し情報、救護所の所在などが記載されている。
津田千晶(45)、背後から覗きこみ、
千晶「おう三村、筆走るようになったの」
三村「そら、毎晩書いとりますけ」
千晶「じゃが、文章がまだ追いついとらん」
三村「まぁたそがいな意地悪な」
千晶「愛のムチじゃ。いずれは広島の報道、背負う人間になるんじゃけぇ」
三村「(照れる)そ、そがあに言われたら……やるしかのうですなあ」
千晶、ふっと笑う。
光一、入ってくる。
光一「ただいま戻りました」
千晶「ご苦労さん。どがいな塩梅じゃ?」
光一「ぼちぼちです。現像してきます」
千晶「頼んだで」
光一、出ていく。
三村「……早瀬さん、毎日よう動いて、記事も本社に送っとるのに、まだいっこも載らんて……僕やったらとっくに筆折ってますわ」
千晶「……」
○防空壕(夜)
入り口に布がかかっており、漏れるのはわずかな月明かりのみ。
光一、フィルムを慎重に手に取り、現像液の入ったバットに沈める。
液の中に徐々に浮かび上がるのは、早織と栞の写真。壊れたリヤカーを押しながら遺体を運ぶ姿。
○川沿い(深夜)
光一、木の枝に紐を渡し、フィルムを吊るしていく。
被爆者や広島の焦土が写っている。
光一「……」
千晶、やってくる。
千晶「ようけ撮ったのぉ」
光一「津田記者」
千晶「……それ、田淵のじゃろ? なんでキミが持っとんや」
と、光一の首に下がったカメラ。
光一「あ……自分の、壊してもうて」
千晶「壊したあ!? いくらするかわかっとるんよな?」
光一「はい……」
千晶「……大阪戻ったら、土下座じゃすまんよ」
光一「……はい」
千晶「それにしても、田淵が貸すとはのう……」
光一「……津田記者は、田淵さんと同期なんですよね?」
千晶「ああ」
光一「あんだけ戦地回っとって、なんで、カメラなし置いたんですかね……?」
千晶「……」
光一「あ、いや、知らんですよね」
千晶「……ある記者がおってな」
光一「?」
千晶「戦地で田淵と組んどった男じゃ。よぅ走る足と、止まらん筆を持っとった」
光一「……」
千晶「『わしらペンの兵士だ』言うて。勇ましかったであいつら……じゃが……いつの間にか二人とも、記者じゃのうて、小説家になっとった。武勇伝書いて、神話書いて……」
光一「……」
千晶「……あるとき、田淵が撮った写真が一面飾ったんじゃ……原稿用紙握って、戦場で血まみれで倒れとる、その男の写真じゃ」
光一「!」
千晶「見出しは『言葉なき報道』。まるで覚悟の死じゃった。最後まで書き続けた英雄、みたいになってな」
光一「……」
千晶「じゃが、ほんまは違う。あの人、帰りたがっとった。なんべんも『死にとうない』言うとったそうや」
光一「……」
千晶「それからじゃ。田淵がレンズ越しに人見れんくなったんは……」
光一「……」
千晶「うちな、そん記者と田淵にちいと嫉妬しとったんよ」
光一「え?」
千晶「同期んはずやのに、そこそこ記事も書いとるのに、あいつらは東京行って大阪行って……うちはずっと、帝都系列の地方紙じゃ」
光一「……」
千晶「まあ今思うと、地元で市井の暮らし拾うんも悪うない。広島んこと、誰かが見とらんといけんけぇ」
光一「……」
千晶「じゃが、見よるだけじゃのうて、伝えにいく人間も必要じゃ」
と、光一を見て──。
千晶「ここで見たこと、向こうにおる人間に突きつけてきい。これが広島じゃって」
光一「!」
千晶「できるの?」
光一「……はい」
千晶「任せたで。あ、田淵にもよろしゅうな」
と、手を振り去っていく。
光一「……」
早織と栞の写真が風に揺れる。
○帝都新聞社・廊下~報道部(二日後)
田淵、廊下を歩いている。
中村の声「勝手な真似ばっかしよって!」
田淵「!」
× × ×
報道部内。中村の前に光一が立っている。室内には小宮、緒方、千葉や他の記者たちもいる。
中村「それにカメラ壊したやと!?」
机の上には広島の惨状を撮ったネガと壊れたカメラ。
中村「社の備品やぞ!? 資材もろくにない状況で、新しいカメラがすぐ手に入る思うんか! あほんだら!」
光一「……すみません」
田淵、入ってくる。
中村「すまんで済むかい! お前一人の問題ちゃうぞ! それにこん写真も……軍部もアメリカも睨んどる状況や!」
光一「……」
中村「これが社にどんな火の粉を降らすんかわかっとるんか!」
光一「……わかっとります……!」
中村「(ため息)……お前を広島に送ったんは間違いやった」
光一「……これ、どこじゃと思いますか?」
と、一枚の写真を差し出す。跡形もない建物。
光一「帝都の、広島支局です」
中村「!」
光一「ここで、13人の仲間が、亡くなりました」
中村「……ネガは預かる。今は出せん」
光一「また『今は』ですか?」
中村「なんやと?」
光一「戦中もそうじゃった。『今は無理や。だがいつかは』言うて。ほいで、どれだけの真実が、葬られてきたかっ!」
記者たち「……」
光一「国が怖い、アメリカが怖い、社の立場が危うい。わかっとります! でも、そればっかり気にしとって、誰がほんまのこと残すんか!」
静まる室内。
光一「わしらが忠誠を誓うんは、国でも社でものうて、真実じゃろ! 違いますか!」
中村、思わず背を向ける。
光一「……」
田淵「……中村。もう、戦争は終わったんじゃ」
中村「……早瀬」
光一「はい」
中村「カメラは、給料3ヶ月」
光一「……はい」
中村「写真は……その威勢、上の前でも発揮しろ」
光一「?」
中村、立ち上がると、
中村「立ち会いや。行くぞ」
光一「!」
中村、田淵と目が合うが、そのまま通り過ぎる。光一、慌てて写真を掴み、中村の後を追う。
田淵「……」
○同・会議室
会議が行われている。光一、中村、藤原、今岡、幹部たちが出席している。
長机に広げられた被爆者たちや広島の焦土の写真。
今岡「写真まで撮っとたんかいな!? 帝都潰す気か、若造がぁ!」
光一「……」
今岡「おい、中村ぁ! オマエ部下にどんな教育しとんねん!」
中村「教育? 『撮るな』と、叩き込んできたよ。戦意を削がず、国民感情を乱さぬ記事を、写真をってな……!」
光一「……」
中村「だが、何が残った? この焼け跡は、俺たちが無視してきた結果でもあるんじゃねえのか!? なあ!?」
今岡「っ」
一同「……」
中村「……早瀬」
光一「! はい」
中村「お前の写真や。言いたいこと、言え」
光一「っ!」
今岡「……若造が。なんも考えずに撮ったんやろ。こんな大事に──」
光一「(遮って)考えとります!」
今岡「!」
光一「考え、とります……撮る前も、撮ったあとも、ずっと……写真を撮ったことで、どがぁなるかも……じゃけど……それでも、撮らにゃならん、思うたんです」
一同「……」
光一「自分が撮らんかったら、この焼け跡も、ここに生きとった人々の痛みも! 無うなってしまうけぇ……!」
中村「……」
幹部たち「……」
藤原、立ち上がる。
一同「!?」
藤原、机からある写真を手に取る。
藤原「……本誌判断で掲載しよう」
光一「!」
今岡「編集局長……!?」
藤原「……」
光一「(信じられない)」
○同・報道部
掲載に驚く記者たち。
小宮「掲載!?」
千葉「ああ」
田淵「……」
○同・屋上
寝転んでいる田淵、
田淵「……」
光一、やってくる。
光一「……田淵さん、カメラ、ありがとうございました」
と、カメラを差し出す。
田淵「……持っとけ」
光一「え?」
田淵「……まだ、撮りたい思うんじゃろ?」
光一「……」
田淵「その気持ちがある限り、持っとけ……わしはもう、撮るんはええ」
光一「……」
田淵、体を起こし、行こうとすると
光一「あのっ、写真、掲載決まりました」
田淵「……あまり喜びすぎるなよ」
光一「え? ああ……まだこれからですもんね」
田淵「ああ。まだ、これからじゃ」
と、去っていく。
光一、その背中を見送り、空を仰ぐ。
やり切ったような晴れ晴れとした表情。
空が青い。
○同・編集局長室
中村、藤原に頭を下げる。
中村「ほんまに、ありがとうございました」
藤原「……ああいう記者がいるのは、誇りだ」
中村「はい」
藤原「……だが、中村……このままでは紙面には載せられん」
中村「!? ……どないいうことです?」
藤原「……出す形を考えろ、ということだ」
中村「っ!?」
藤原「君なら、わかるだろう?」
中村「……」
○同・製版部
机の上に早織と栞がリヤカーを引いている写真。
中村と小宮が向かい合って立っている。
貴志「(写真を覗き込み)この荷台に乗っとんのは……遺体か。母と娘で身内を運んどるとこかの……ほんで、これをどうしろって?」
中村、口を開きかけたその時、機械の音に声をかき消される。
貴志「……なるほどねえ」
と、写真を持ち上げ、かざす。
中村「……」
○印刷工場(夜)
回転する輪転印刷機。
次々に刷られていく新聞。
○田淵の家(朝)
小さなアパート。
田淵、新聞を読んでいる。
田淵「……やはりのう」
○大阪の街(朝)
通勤通学で賑わう街角。
売店。新聞が売られている。
光一、駆け込んでくると、帝都新聞を一部手に取る。
紙面には広島についての特集記事。
光一「……」
人々が次々と新聞を手に取っていく。
光一「(達成感)……」
○国民学校・臨時処置室(朝)
和美、早織、栞、白衣の吉竹明夫(35)がいる。
明夫が栞の顔の包帯を外していく。
明夫「……腫れは引いとる。膿も出とらん。よう我慢したのう」
栞「せんせ……元に、戻るん?」
明夫「……跡は、残るかもしれん。でもな、ちゃんと治る。痛まんようにもなる。心配せんでええ」
早織「……ありがとうございます、先生」
明夫、頷く。
栞「……」
× × ×
和美、早織、栞が処置室から出てくる。
栞「……」
和美「……栞ちゃん、今日もよう頑張ったね」
栞、小さく頷くが顔を上げない。
早織、ゴホッと咳き込む。
和美「早織さん、大丈夫ですか?」
早織「……最近、喉が、ねぇ」
和美「無理はなさらんでくださいね?」
早織「(微笑み)わかっとる」
和美、口を開こうとした瞬間、
和美「直人」
前方から直人が駆けてくる。
直人「母ちゃん! あれ……栞ちゃん?」
栞「!」
直人「やっぱり、栞ちゃん――」
栞、反射的に背を向け、走り出す。
早織「栞!」
と、慌てて栞の後を追う。
和美と直人だけがその場に残る。
直人「……なんで、逃げるんじゃ?」
和美「……」
直人、処置室に入る。
明夫「! 直人か、会いに来てくれたんか」
直人「そうじゃ。父ちゃんの顔、忘れそうになったけぇな」
明夫「そうか。今、医者が足らんけ。わしが走り回らにゃならんのじゃ。わかってくれるか?」
直人「当たり前じゃ! 父ちゃんがみんなのこと助けとるの好きじゃけぇ」
明夫「ほうか。なら、父ちゃん、もっと走らにゃいけんのう」
処置室の片隅に積まれた医学の本。
直人「あっ!」
と、駆け寄って、手にとる。
直人「(めくり)新しい本じゃ」
明夫「ああ」
和美「……なあ、栞ちゃんのことじゃけど……」
明夫「……傷は、辛いじゃろうな」
和美「うん……」
明夫「じゃが、医学は進歩する。未来の医療が少しでもようなるように、今はできることをするだけじゃ」
直人「(盗み聞き)……」
和美の声「そうじゃね」
○同・校庭(朝)
早織、血相を変えて走っている。
辺りを見回すが──栞はいない。
校庭の端、三村がベンチに腰掛けて帝都新聞を読んでいる。
早織「……!?」
早織、迷わず近づき、新聞をひったくる。
三村「あ、ちょっ! なんですか!?」
早織、食い入るように紙面を見つめる。手が震え──。
○大阪の街(朝)
雑踏の中、光一、帝都新聞を開く。
光一「……!?」
焦土の広島の写真の中に、顔に包帯をした栞が荷車を引く写真。早織が切り取られている。
○帝都新聞社・大阪本社・廊下(朝)
中村、歩いている。
光一、駆け寄って、
光一「中村デスク!」
中村「……」
光一「……この写真、これじゃ──」
中村「上の判断や」
廊下の向こうから田淵、歩いてくる。光一と中村の姿を見て、足を止める。
中村「子供一人の方が、日本の被害者らしさが際立つ、ってな」
光一「じゃが──」
中村「カメラんこともある!」
光一「っ」
中村「不慮の事故で通したが、それでも上はご立腹や」
光一「……」
中村「首にならず、写真が載った。それだけでも御の字や。欲張るな」
中村、歩き出す。
田淵「……」
光一、拳を握り、踵を返す。
田淵と目があう。
光一、黙って田淵の横を通り過ぎる。
田淵「……」
○内閣情報局・執務室(朝)
帝都新聞を読んでいる情報局の高官、顔は見えない。
副官「当該記事は、大阪の編集局長による判断との報告です」
高官「……よくやった」
副官「はっ?」
高官「広島、ひいては長崎の惨状を国際社会に知らしめれば、人道違反として非難が集まるだろう。トルーマンも、チャーチルも──戦時国際法違反として糾弾することができる」
副官「国外の世論を味方につけるおつもりで?」
高官「その通りだ……それで、肝心のアメリカは?」
副官「それが──」
輸送機の音。
○厚木基地(二週間後)
T・昭和二十年八月三十日
各国の報道陣や関係者が整列している。
空から一機の四発輸送機が飛行場に接近してくる──C54。
着陸すると同時に、軍楽隊の演奏が始まる。
C54が停止すると、タラップが降ろされる。カメラのフラッシュが一斉に光り――ダグラス・マッカーサー(65)、コーンパイプをくわえ、堂々と姿を現す。
○GHQ本部・外観(一週間後)
○同・会議室
日本側は緒方竹虎(57)、松前重義(44)、随行員たちが並ぶ。
対して、アメリカ側はエリオット・ソープ(47)、ドナルド・フーバー(42)や通訳がいる。
ソープ「First, let me be clear. We are not here to run your press like YOU did during the war.」
通訳「我々は、日本が戦時中に行っていたような検閲を行うつもりはありません」
日本側「!?」
フーバー「We will censor only when we must. For security. Nothing more.」
通訳「検閲は必要な時にだけ行います。治安維持のために必要な場合のみです」
ソープ「Official orders from General Headquarters, they go out. No debate.」
通訳「連合軍司令部の公式発表は、必ず報道してもらいます」
日本側「!」
ソープ「But as for opinions, editorials, photos - you make the call.」
通訳「ですが、社説、論評、写真については、掲載は各紙の判断に任せます」
緒方と松前、顔を見合わせる。
○元内閣情報局・執務室(二日後)
机の上に、「言論及び新聞の自由に関する覚書」。言論の自由に対して、「最少限度ノ制限」という文言。
高官と副官がいるが、高官の顔は見えない。
高官「最小限の制限とは……つまり、我々に判断を委ねた、ということか」
副官「閣下、それは……」
高官「なんだ? この間の会談でも、掲載は自由選択できると話していた。これまで通り、我々の裁量で、新聞放送を統制できる、そういうことだ」
副官「……」
高官「各社に通達せよ。新聞・放送は引き続き、情報局の検閲を受けること。マッカーサー司令部の発表でも、例外ではない」
○GHQ本部・執務室(一週間後)
ブラッドフォード・スミス(36)、デスクの上に日本の新聞を叩きつける。
スミス「Every fucking morning, the same damn headlines !(毎朝毎朝、米兵の記事ばかりだ!)」
デスクの上には山積みになった日本の各社の新聞。
ソープとフーバー、苦々しい顔。
スミス「Looting, assault - but not a word about their own war crimes! How convenient!(略奪、暴行……だが、己の戦争責任については一切報じない! 都合がいい!)」
フーバー「What`s the play?(どう動きましょうか?)」
ソープ「Remind them who holds the pen.(思い知らせろ。誰がペンを握っているか)」
○帝都新聞社・報道部(数日後)
中村、電話の受話器を置く。
中村「……お前ら、ちょっとええか」
光一、小宮、千葉、記者たちの動きが止まる。緒方らが中村を見る。
中村「……同盟通信が配信停止になったばかりやが……今度は朝日が、二日間の発行停止を喰らった」
記者たち「!」
光一「鳩山一郎の記事、ですか」
中村「ああ……『原子爆弾投下は戦争犯罪』てやつや。GHQにしてみりゃ、耳障りやったんやろ」
千葉「……うちも次ってこと、ありますかね」
と、帝都新聞の紙面。広島の原爆についての記事。
落ち込む記者たち。
光一「……」
と、職員、駆け込んでくる。
職員「GHQの検閲部隊が、話をしたいと!」
記者たち「!」
× × ×
重苦しい空気が漂っている。
中村の机を挟んで、GHQ担当官とケン・タナカ(25)が並ぶ。
机の衝立の裏には光一、小宮、千葉、緒方ら記者たちが声を殺して様子をうかがっている。
担当官「We are here to collect all records concerning the atomic bomb.」
ケン「原爆関係の記録を接収しにきました」
記者たち「!」
光一「……」
中村「記録、ですか……そらできまへんな」
光一「!?」
ケン「He says that is not possible.」
担当官「……This is an order from General Headquarters. Not negotiable.」
ケン「これは総司令部の命令です。交渉の余地はありません」
中村「承知してまっせ。せやけど、記録ちゅうのは、元より報道の責任の一部でしてな」
ケン「The records are part of their press responsibility.」
担当官「That responsibility is now ours. Hand them over.」
ケン「その責任は我々が引き継ぎます。引き渡してください」
中村「……なるほど。せやけど困ったな。ちょうど、資料整理の真っ最中でして」
記者たち「!?」
千葉「(小声で)ど、どういうことだ?」
小宮「しっ」
ケン「They are currently organizing the records.」
担当官「We`ll wait. Bring everything you have.」
ケン「待ちます。ですから、全て持ってきてください」
中村「(微笑む)ほな、全部揃うまでに……ひとつき、いただけますかい?」
光一「!」
ケン「They are asking one month.」
担当官「……」
中村「なにぶん戦時中のドタバタで資料もバラバラさかい。そんままお渡しするんは、流石に失礼でっしゃろ?」
ケン「The documents are scattered due to wartime chaos, and it would be disrespectful to hand them over in such a condition.」
担当官「That`s inefficient. We`ll collect them ourselves.」
ケン「それは非効率です。我々が収集します」
中村「(苦笑い)ほな困りますわ。こっちもいま、極めて大事な国家報道の最中なんでっせ」
ケン「They are under critical national reporting duties.」
中村、にっこり笑う。
担当官「……Fine. But one week. No more.(一週間。それ以上は認めません)」
× × ×
担当官とケンが出ていくと、
中村「お前ら、聞いとったな?」
記者たち、中村のデスクの前に集まってくる。
中村「猶予は一週間や。その間に、記録、忘れずに全て持ってこい。もしくは、一枚残らず焼き払え」
光一「!」
中村「記録はすべて焼却した。わかったな?」
光一「……」
○同・地下倉庫・内~外(夜)
誰もいない。一台の古びた輪転印刷機が埃をかぶって鎮座している。
光一、手に持ったネガの束を、慎重に印刷機のメンテナンスハッチを開けて差し込んでいく。
光一「……」
× × ×
倉庫の扉が静かに開く。
顔を出す光一、左右を確認する。
誰もいない。
光一、そっと扉を閉め、廊下を歩き去る。
背後。廊下の柱の影に立つ小宮。
小宮「……」
○帝都新聞社・報道部(数日後)
机の上に置かれた段ボール箱。中にはわずかな原爆関係の資料。
担当官「This is everything?(これが全てですか?)」
中村「イエス、イエス!」
担当官、疑うように箱の中を探る。
中村「……他は、焼却処分してましてね」
ケン「The rest were burned」
担当官「Funny. I`ve been told there`s more - in your storage.」
ケン「倉庫にまだあると聞いています」
光一「!」
中村「……それは誤報でしょうな」
担当官「Show me.(案内したまえ)」
○同・地下倉庫
中村が先頭に立ち、無言で入る。
その後ろに担当官とケン、兵士2名。
記者たち、扉の外から心配そうに伺う。
兵士たち、無言で探す。
と、一人の兵士が輪転印刷機のメンテナンスハッチに手をかける。
兵士「! Found it!(見つけました)」
ハッチの奥から、ネガの束が引きずり出される。
× × ×
担当官たち、倉庫から出てくると、
光一が立ちはだかる。
光一「待ってください!返してください!」
ケン「これは我々の権限で接収します」
光一「それが無うなったら、何も残らんのじゃ! あんたも……同じ日本人じゃろうが!」
ケン「I AM NOT JAPANESE!……I am not……!(日本人じゃない。日本人では)」
担当官、鼻で笑うと、歩き出す。ケン、ついていく。
光一「……返せやっ!」
堪えきれず、光一、飛び出す。
兵士たちが腰の銃に手をかける。
中村「早瀬っ!」
中村が光一の腕を強く引き戻す。
中村「やめろ!」
光一「じゃが、それはっ!」
中村「ネガより大事なもん、落とすな!」
光一「っ!」
中村「報道は、ここで終わらん……」
光一「……」
担当官が無言で歩き出す。
ケン、一瞬だけ振り返るが、すぐに担当官に続く。
○同・廊下(夕)
肩を落とし歩いている光一。
向こうから職員がやってくる。
職員「あっ、早瀬記者! 読者からのお手紙です」
と、封筒の束を差し出す。
職員「大反響ですよ」
光一「……ありがとうございます」
○光一の家(夜)
手紙を一通ずつ読んでいる光一。
「涙が止まりませんでした」「日本はまだ負けません」「記者様に勇気をもらいました」など好意的な手紙ばかり。
光一、少し笑みをこぼす。
最後の手紙、封を開ける。
光一「(読みながら)……記者様へ。新聞、見ました。焼け焦げとった遺体は、うちの主人です……それから、あそこに写っていたのは、うちの大事な娘です。それなのに、あなたは、あの子の顔、傷だらけの顔を、勝手に、世間にさらしたんです……」
徐々に読むスピードが落ち、声が詰まる。
早織NA・手紙「あの子は、誰にも見られたうなかったんです。これから先、一生、背負うていかんといけんのです。それを、あんたは、勝手に撮って、勝手に載せたんです。うちは、母親です。あの子を守るためなら、なんでもします。二度と、うちの家族を見世物にせんといてください」
光一の手が止まる。
宛名には「本郷早織」とある。
○本郷家・外観(夜)
「本郷」の表札。
○同・居間(夜)
早織、台所で米を研いでいる。
早織「今日な、井上さんからお米もろうたんよ。新潟のお米じゃ。美味いじゃろうなぁ」
褪せた布団の中に栞。
早織「じゃけえ、久しぶりに、おにぎり作ろうか思うて。栞、好きじゃろ?」
栞「……」
早織「……栞、なんのおにぎり食べるか?」
栞「……」
早織「……!」
部屋の隅に移動して、
早織「……っ、けほっ、けほっ!」
咳が落ち着き、手のひらを開く。
早織「!」
血。
早織「(独り言)……大丈夫。母ちゃん、元気じゃけ。栞が元気になるまで、母ちゃん、頑張るけ……」
栞の横たわる背中。
早織、涙を拭うと、台所へ戻り、水で血を洗い流す。
早織「ねんねんころりよ、おころりよ──」
お米を研ぎながら子守唄を歌う早織の背中。
○飲み屋(夜)
薄暗いカウンター。
光一、一人で盃を傾ける。
光一「……」
田淵が入ってくる。
光一「──ん。田淵さんじゃないですか……」
田淵「……」
光一の隣に腰を下ろす。
光一「もう、終わりですわ」
田淵「……」
光一「ネガも全部取られて……挙句、あの子のお母さんから、娘を見せもんにすんなって……」
田淵「……」
光一「……あの、これ……」
と、カメラを取り出して田淵に渡す。
光一「返します」
田淵「……見せもんか」
光一「……」
田淵「わしも、見せもんにしたことがある」
光一「?」
田淵「盟友じゃ。死にかけとる姿を撮った。正直、ええ画じゃった」
光一「っ!」
田淵「これは一面じゃ、思うた、思うたよ……」
光一「……」
田淵「案の定、一面じゃ。えらい話題になった。じゃがのう、わしの写真が、あいつの息を止めた気がした」
光一「……」
田淵「……報道っちゅうんは、正しいやら間違いやら、そんな綺麗事やない。目の前にある事実から、逃げんことじゃ」
光一「……」
田淵「それがどがい使われようがの。シャッター切った時点で、わしらはその責任から逃げられん」
光一「……」
田淵「早瀬。あんたはどうする」
光一「っ!」
テーブルの上に置かれたカメラ。
○光一の家(未明)
薄暗い部屋。
光一「……」
○広島の薄曇りの空(早朝)
アメリカ軍の飛行機が休みなく飛んでいる。
○吉竹家・居間(朝)
縁側で足をぶらつかせている直人。
直人「……!」
和美、鍼作業をしている。
直人、近づいてきて、
直人「母ちゃん!」
和美「ん?」
直人「包帯、あるけ?」
○本郷家・周辺(朝)
直人、袋を持って歩いている。顔には無造作に巻いた包帯。
直人「……」
× × ×
直人、本郷家の玄関の前に立つ。
直人「……栞ちゃん! ビー玉勝負に来たで!」
間。
すると、玄関が開く。
直人「あ、栞ちゃ――!?」
手から袋が滑り落ちる。
ビー玉が地面に転がっていく。
○帝都新聞社・報道部(夕)
中村、書類を捲っている。
中村「(手を止め伸びをして)……」
田淵の席、無人。
そして光一の机も無人。
中村「……千葉ぁ」
千葉「は、はいっ!」
中村「田淵と早瀬、見ねえが……知っとるか?」
千葉「え、えっと……」
中村「おい、千葉、吐け」
千葉「あ、あの……広島、行くって、言ってました」
中村「はあ!? なんでや!」
千葉「わ、わがんねぇですけど、行かんとって……」
○帝都新聞社・屋上(夕)
中村、空を見上げている。が、大きくため息をついて。
中村「……」
小宮、やってくる。
小宮「中村デスク、なんの用でしょうか?」
中村「……金か?」
小宮「え?」
中村「それとも、出世か?」
小宮「なんの話ですか──」
中村「(遮って)戦時中は憲兵におべっか使とって──」
小宮「!」
中村「戦争が終わったら、今度はアメリカか。器用なこった、小宮」
小宮「自分は帝都のために──」
中村「それで何人密告して、逮捕された?」
小宮「……デスクかて、黙認してきたでしょうが。見て見んふりして、記事にせんかったこと、山ほどありましたが?」
中村「……俺も、お前と同じ穴のムジナや、言いたいんか」
小宮「違うんですか?」
中村「……かもな。だが、俺は一度も、それが正しいとは思わんかった」
小宮「……」
中村「お前は、最初から正しい顔しとる。それが、一番たち悪いんや」
小宮「まあ……しぶとくやらせてもらいますわ」
と、去っていく。
中村「……」
一瞬の沈黙。と、堪えきれず、中村、乾いた笑いを漏らす。
中村「……ほんま、たち悪いわぁ」
○広島のある町(日替わり)
焼け残った街並みの中、光一が地図を片手に歩いている。
手には、早織からの手紙。
光一「この辺のはずじゃが……」
○本郷家・玄関前
光一、立っている。
光一「……ごめんください、ごめんください――」
呼びかけるが、返事はない。
○吉竹家・居間(夕)
光一、和美、明夫が座っている。
明夫「昨日早朝、息を引き取ってね」
光一「え……?」
縁側に座る直人、顔を伏せたまま動かない。
明夫「……だいぶ身体を無理しとって。もっと早う気づいちゃれたら……医者、失格じゃ……」
光一「……娘さんは?」
和美「親戚が、引き取るって。でも、遠いいところみたいで。もう、広島にゃあ、戻らんみたい」
光一「……」
直人、突然、立ち上がり、光一の元へ。
直人「おじちゃんのせいじゃ!」
和美「直人!」
光一「っ」
直人「おじちゃんが、あがいな写真載せたけえ……!」
光一「……」
和美「直人、おじちゃんのせいじゃ──」
直人「写真、撮ったからじゃ!」
光一「っ! ……その、通りじゃ」
直人「……」
光一「……わしが撮った。わしが、悪い……」
直人、何も言えずに泣き崩れる。
光一、静かに頭を下げる。
和美と明夫、ただ黙って見守る。
○川沿い(夜)
田淵、座っている。
田淵「……」
千晶、やってくる。
千晶「辛気臭い顔しとるの」
田淵「! ……千晶」
千晶、田淵の隣に座る。
田淵「(気まずい)……」
千晶「何年も顔見せんで、それでも金玉ついとんかい」
田淵「……あんたの旦那、あがいな風に撮った男じゃ。見たないじゃろ」
千晶「……複雑じゃ……あいつかて、同じことやったと思うけぇの」
田淵「……」
千晶「腹は立っとる。じゃがな、あんたが下向いとる方が、もっと腹立つんよ」
田淵「……千晶」
千晶「あいつ、あんたが撮った写真、好きじゃったけえの」
田淵「……っ」
千晶「……」
○吉竹家・縁側(夜)
光一の手に、帝都新聞。
記事――栞がリヤカーを引く写真。
光一「……」
和美、やってきて光一の隣に座る。
和美「この写真、ほんまは、早織さんもいたんじゃろ?」
光一「……ああ」
和美「……切り取られて、都合よう使われて……」
光一「……最低じゃな」
和美「うん。最低じゃ」
光一「……」
和美「うち、兄ちゃんの撮る写真好きじゃった」
光一「……」
和美「お母さんの手ぇばっか撮りよったよな」
光一「なんでじゃろうの」
和美「特に、おにぎり握っとるとこ、なんべんもなんべんも……」
光一「……指、上手う動かせんけ、時間かかっとったな」
和美「うん。形は不恰好じゃったけど、美味しかった」
光一「……」
和美「兄ちゃんが撮りたかったんは、出来上がったおにぎりやのうて……お母さんが、不器用でも一生懸命、握っとる姿じゃろ?」
光一「……」
和美「うち、光一兄ちゃんのそがいな写真、好きじゃけ」
光一「……ありがとの、和美」
和美、笑う。
○道(早朝)
光一が歩いている。
光一「……」
朝日が昇り始める。
光一「……」
光一の背中を押すように、光が道を照らす。
光一、ゆっくりとカメラを構える。
レンズ越し。崩れた広島の街並み。
光一「……」
○天幕(朝)
天幕の中。光一と田淵と津田がいる。
田淵「会えんかったんか」
光一「……間に合わんじゃったです」
誰も言葉が出ない。
光一「……謝り、たかった。でも、それもできんように……じゃが……本当は、もっといびせーことがあるんです」
田淵「?」
光一「自分は、あの家族を、消費してもうた」
千晶「……」
光一「伝えるつもりで撮った写真が、いつの間にか使うための写真になっとった」
田淵「……」
光一「報道って、なんなんじゃろう。伝えるって、どがいなことじゃろう。自分は、あの家族を、傷つけてしもうた。じゃが、それでも……伝えにゃあゃいけん現実がある。伝えにゃあ、あの子も、母親も、広島そのものも……全部がなかったことにされてしまう……!」
光一、ゆっくりと顔を上げる。
光一「自分は、広島に何があったか、嘘偽りなく、伝えたい、です。どがぁしても、伝えたいんじゃ……!」
千晶「……気持ちはわかる。じゃけえ、帝都じゃ無理やろ。検閲が厳しなっとる」
光一「……山陽日報で、出すのはどうでしょうか?」
田淵と千晶「!?」
光一「帝都は全国紙じゃけえ事前検閲がある。じゃが、山陽日報は地方紙。事後検閲……出してしまやあ止めようがない」
田淵「早瀬、提携しとるはいえ、他紙じゃろ! そがいなん巻き込め(るか!)」
光一「(遮って)じゃが、それでも! それしか方法がないじゃないですか!」
千晶「……」
光一「……ダメでも、他の方法を考えます。どうなるかなんて、考えません」
田淵と千晶「!」
光一「自分は、やります。潰されても。それが、今、自分が生きとる意味ですけ」
田淵と千晶「……」
中村の声「……ええ根性しとるな」
一同「!」
振り返ると、中村がいる。
光一「!? 中村デスク!?」
中村「……事後検閲か。ええやないか。なあ津田?」
千晶「じゃが、それだけじゃ……通せん」
中村「……嘘を使え」
一同「?」
中村「アメリカの雑誌に載っとった記事を、紹介しました。そないな体裁で出すんや」
光一「アメリカの……雑誌?」
中村「嘘っぱちの雑誌や。パシフィック何ちゃらとか、もっともな名前つけてな。なあ津田、それやったらいけるやろ?」
千晶「……社長の許可が必要じゃ」
中村「ほんなら決まりや。あの社長、人情に弱いさかい。涙一滴こぼしとけばいけんで」
千晶「……ほんま悪知恵だけは天下一品じゃ」
中村、ふと笑い、出入口の方へ。
光一「……」
× × ×
中村、天幕から出てくると、光一も出てくる。
光一「……中村デスク……ありがとうございます」
中村「……俺やて、元々は記者や。せやから、お前らの気持ち、わからんわけやない」
光一「……」
中村「だが今は、どうすれば記事が載るか、写真が載るか、どこで折り合いをつけるか、逃げ道を探すんが俺の仕事や」
光一「……」
中村「正直言うて、しんどい時もある。ほんまにこれでええんか、迷うこともある」
と、光一を見て
中村「これからも俺は悩む。何べんも立ち止まるやろ。でもな、その度に、ぶつかってこいや」
光一「!」
中村「お前らが諦めん限り、俺は、逃げ道探すのをやめへん……!」
光一「っ、はい……!」
× × ×
天幕内。田淵と千晶のみ。
田淵「……」
千晶「(中村に対して)なんなんじゃ、あいつ」
田淵「……」
○広島駅のホーム(朝)
乗車を待つ人々の中に、中村。
中村「……」
背後から足音。
中村「(気づき)なんや、見送りか?」
田淵が立っている。
田淵「……礼を言いにきた」
中村「!」
田淵「ありがとな」
中村「なんやお前……ずるい男やな」
田淵「(苦笑して)お互い様やろ」
と、去ろうとするが、
中村「……田淵」
田淵「?」
中村「あの時の古田の記事……申し訳なかった」
と、頭を下げる。
田淵「!」
しばし沈黙。汽車の汽笛が鳴る。
中村、顔をあげると、列車に乗り込む。
ドアが閉まる直前、振り返る。
ホームに田淵の姿。
二人の視線が交錯する。
列車が動き出す。
田淵「……」
列車が遠ざかる。
一人ホームに立つ田淵の背。
○山陽日報の社長の家・寝室
布団に横たわる社長。あちこちに怪我を負っている。
社長に頭を下げる光一、田淵、千晶。
社長、目を閉じる。
光一たち「……」
社長「──なんで、頭下げるんじゃ」
光一たち「!」
社長「地元のこと、わしらが報道せんで、誰がやるんじゃ。のう?」
光一たち「!」
社長「国が黙らそうが、アメリカが睨もうが、ここで引いたら広島が死ぬ」
千晶「……社長」
社長「死んでいった38人の仲間にも、顔向けもできん! やってこい!」
光一・田淵・千晶「はい!」
○モンタージュ・光一の奮闘
光一、瓦礫の町を駆け回り、
市民に頭を下げ、話を聞き、
カメラを構えては必死にシャッターを切っている。
その姿を、少し離れた場所から見つめる田淵。
田淵「……」
○山陽日報の仮社屋(夕)
田淵、入ってくる。
千晶、記事を書いている。が、田淵に気付き、手を止める。
田淵「そのカメラ──」
千晶の机の上に置いてあるカメラ。
千晶「ああ……あんとき、お前さんが持って帰ってくれた。古田の唯一の遺品じゃ」
田淵「……貸してもらっても、ええか?」
千晶「! ……貸す、は無理じゃ」
田淵「……そうじゃな」
千晶、カメラにそっと手を触れて、
千晶「……田淵豊記者」
田淵「?」
千晶「あんたに、託す」
田淵「!」
田淵、カメラを受け取る。
千晶「撮ってな。古田の分まで」
田淵「任せえ」
と、カメラを首にかける。
○瓦礫の街(日替わり)
光一、カメラを構えている。
額には汗。息がきれ、手が止まる。
光一「……」
と、背後からシャッター音。
光一、振り返ると、
カメラを持つ田淵。
光一「田淵、さん……!」
田淵「しっかり、前見とけ」
光一「はい」
光一と田淵、並ぶようにシャッターを切っている。
○山陽日報の仮社屋(夕)
光一、田淵、千晶、三村がいる。
机の上には見本紙。
光一「出来上がりましたね……!」
千晶「じゃが、GHQが地方紙にも目を光らせ始めとるらしい」
田淵「……やはりの」
三村「知られたら、即刻止めに来ますよね?」
田淵「なら、その前に刷りゃあええ」
千晶「!」
田淵「一日、いや、三日分じゃ。刷った分は倉庫に突っ込んで、時機を狙う」
光一「!」
千晶「無茶苦茶やな……」
田淵「無茶苦茶でええんじゃ。正面から叩かれる前に、こっちが走り切る」
三村「……その代わり、輪転機がどこまで保持つか、じゃけど……」
光一「……あの、輪転機は、どこに……?」
○道(夕)
バタンコの荷台に座る光一、田淵、千晶。
瓦礫と砂埃が舞うガタガタ道。
三村が運転している。
○牛舎(夜)
古びた牛舎。光一、田淵、千晶、三村が入ってくる。牛はいない。
奥に輪転機が、シートをかぶせられたまま置かれている。
光一「……牧場?」
三村「爆弾が落とされる前の日に、社長が一台だけ疎開させとったそうです。新聞社の心臓は、なんといっても輪転機ですから」
千晶「社長が、目ぇ覚まさなんじゃら……うちらも知らんかった」
田淵「執念じゃな……」
光一、輪転機に近づき、
光一「……急ぎましょう」
シートに手をかけると、輪転機が姿を現す。
× × ×
インクを流し込み、
紙をセットし、
埃を拭き取る光一たち。
田淵「電源、入れるぞ」
鈍い音が響く。
ゆっくりと回り始める輪転機。だが、悲鳴のような音が。
光一「どうしたんです?」
三村「か、紙が、詰まっとります!」
光一「!?」
田淵「しゃんしゃん取れ! 時間がねえぞ!」
光一と三村、必死で紙を取る。
× × ×
再びスイッチオン。
ガタンッ、―ギギギッ!
インクが飛び散り、刷版がズレる。
三村「歪んどる!」
千晶「直せ!」
光一「はい!」
汗だくで刷版を押さえ直す光一。
× × ×
問題なく動いている輪転機。
一同、ホッとする。
三村「はああ。これで一仕事終えましたね。あたぁ待つだけか」
田淵「何言うとる。あと二日分あるんじゃ。解版作業もせんと、他のも刷れん」
三村「やー、そりゃあ言わんでつかぁさい」
光一「でも大丈夫ですよ。ここまでくれば」
千晶「そうじゃな……」
牛舎の外から何かのライトの光。
三村「山陽の記者、ですかね……?」
光一「……アメリカ兵じゃ!」
一同「!」
田淵「一旦止めろ!」
輪転機が止まる。
光一と三村、刷り上がった新聞を必死に抱え、麻袋に詰め込んでいく。
田淵「急げ! 隠すんじゃ!」
光一「どこに!?」
千晶「裏の、藁ん中じゃ!」
麻袋を抱えて走り出す光一と三村。
× × ×
アメリカ兵たちが、ズカズカと入ってくる。ケンもいる。
兵士1「What are you doing here?」
ケン「あなたたち──」
田淵「(遮って)ウィーアージャストトーキング」
兵士1「……At this hour?」
田淵「……」
兵士たちが輪転機に近づき、無言で隅々まで探り始める。
千晶「アンタら、新聞屋の機械なんて見ても面白うないで」
兵士1が輪転機の奥まで手を伸ばす。が、何も出てこない。
田淵「……」
兵士1「Ok. Then we are leaving.」
田淵と千晶、そっと顔を見合わせる。
兵士2「Sir!」
と、引きずるように連れてきたのは、光一と三村。
田淵「!」
光一「っ」
三村「すみません……」
兵士1「Give me that bag.」
光一「ノー」
兵士、光一から容赦無く袋をひったくる。
光一「ノー! それは……!」
袋が引き裂かれ中身が出てくる。薄っぺらい新聞紙の束。
一同「!」
兵士1「So you are hiding. Translate it.」
ケンがゆっくりと歩み寄り、床に落ちた一紙を拾い上げる。
と、ケンと光一の目がぶつかる。
光一「……」
ケン「……」
兵士1「Translate it.」
ケン「……」
光一「……ユーソーヒロシマ」
ケン「!」
兵士「Hey! Translate it.」
ケン「……Just daily updates on food distribution and recovery reports.」
兵士1「What?」
光一「?」
兵士1、ケンから新聞をひったくり、読む。
田淵「……」
兵士1「But this photo. What is it?」
と、被爆者の写真。
ケン「It`s a reprint.」
兵士1「Reprint?」
ケン「Yes. From an American magazine, Pacific Times.」
兵士1「I haven't heard of it. Fellows? Heard of Pacific Times?」
他の兵士たち、首を振る。
千晶「……」
三村「?」
ケン「Small publication. Not big in New York, but back in my hometown, Mississippi, it`s pretty popular.」
兵士1「Mississippi, huh.」
ケン「Sir, we`re just wasting time here.」
兵士1、光一を見る。
光一「……」
兵士1「Alright.」
手を振って部下たちを促す。
兵士たちは無言で牛舎を出ていく。
と、光一とケンの目が、合う。
ケンは何も言わず、わずかに顎を引いて頷く。
光一「……」
兵士たちを乗せたジープが去っていく。
光一たち、いなくなったのを見届け、
田淵「……やるぞ」
三村「はいっ!」
光一「……」
○同・外(早朝)
朝焼け。
出来上がった新聞束を、光一、田淵、千晶、三村がトラックの荷台に詰め込んでいる。
みんな、目が赤く、まぶたが重い。
三村「あー、眠い……」
千晶「口動かす暇あったら手ぇ動かし」
三村「はいぃ……」
光一「……やっと、ここまで来ましたね」
田淵「おい、まだ終わっとらんぞ」
光一「はい。届けましょう」
一同、疲労でフラフラになりながらも、着実に新聞を積み上げていく。
朝日が昇り切り、牛舎を照らす。
○吉竹家・庭(朝)
和美、洗濯物を干している。
配達員の声「新聞です」
和美、手を止める。
○同・居間(朝)
和美と明夫、山陽日報を読んでいる。
明夫「やりよったの……」
和美「うん」
直人、やってくる。
和美「……」
直人「(新聞を読む)……」
光一の記事・NA「焼け跡となった広島の街では、復興の槌音が少しずつ響き始めている。しかし、その瓦礫の隙間には、まだ拾い上げられていない声が残されている」
○モンタージュ・記事を読んだ人々の反応
──市井の人々の反応に合わせて
光一NA「爆心地から二キロ離れたある町では、今も人々が手探りで日々をつないでいる。記者は、焼け焦げた三輪車、曲がった水道の蛇口、崩れかけた床の間を目にした。その一つ一つが、ここに人が暮らしていたという証となっている」
商店街の店先で新聞を読む老人。
市電の中で読む通勤中の男性。
救護所の中で涙を流しながら読む女性。
× × ×
──ある執務室。
情報局の元高官。顔は見えない。
光一NA「被災者の方々の声を拾い上げることは難しい。その多くが、言葉にするよりも先に日々の生活を繋ぐことに追われているからだ」
× × ×
──GHQの反応。
苦々しい顔もいれば、
じっと記事を読む者も。
光一NA「ある女性が、わずかに残った家の柱に寄りかかりながら、こう語ってくれた。『写真を撮られるのは、嫌じゃ。でも、誰かが覚えとってくれんと、うちらは本当に無うなってしまう』」
× × ×
──帝都新聞社の人々の反応。
千葉、緒方は嬉しそう。
小宮は複雑。
藤原はニヤリと笑い、
今岡は忌々しそう。
製版室にいる貴志は嬉しそう。
光一NA「焼けただれた肌を隠そうとする娘を、そっと抱き寄せる母親の姿があった。顔や名を出すことは、人々のこれからを守るために避けねばならない」
帝都新聞社の屋上。中村、読んでいる。
光一NA「だが、そこに確かに生きている人々がいることを、どうか忘れないでほしい」
中村、空を見上げる。
空は晴れている。
○河川敷(夕)
子供達の笑い声が聞こえる。
光一と田淵が歩いている。
光一「記事は出せましたけど、正直、これから日本の報道がどがぁなるか……」
田淵「なくなるかもしれんのう」
光一「それは……」
田淵「そうなったらどうすんじゃ?」
光一「……壁新聞出します」
田淵「そりゃ、原始的でええのう」
光一「伝えることができりゃあ、ええんです」
田淵「ほうか」
光一「……あれ?」
地面に草のようなものが生えている。
光一、近寄って、そっと触れる。
光一「……100年は、草木は生えん言うたのに……」
田淵「……生えるもんは、生える」
光一「……」
田淵「踏み潰されようが、焼かれようが、種が残っとりゃあ、また芽を吹く」
光一「……報道も、そうありたいです」
田淵「ああ。わしらが折れんかぎり、絶やせん」
光一、立ち上がる。
田淵「行くぞ。わしらの道は、まだ続いとるけぇの」
光一「はい」
二人、並んで歩き出す。
夕陽が二人の背中を染めていく。
小さな草が、ゆっくりと大きくなっていって──。
○広島の街・モンタージュ
T・1973年5月
静かな川沿い。若葉が茂っている。
その向こう、原爆ドーム。
ドームの前を、ランドセルを背負った子どもたちが通りすぎていく。
× × ×
電車通り。市電がベルを鳴らし、並木の下を走っていく。
× × ×
街の家電店。店頭に並ぶテレビが映る。
テレビの音声「本日、アメリカより返還された原爆関連資料が、広島へ到着しました。これには、当時占領軍によって押収された報道写真、原稿、その他記録物が含まれ──」
テレビ画面。ネガが入った資料箱、トラックから降ろされている。
○帝都新聞社・広島支局・外観
近代的なビル。
○同・暗室
わずかな赤い光が室内を照らす。
光一(58)、現像液にフィルムを沈め黙々と作業をしている。
三村(54)、入ってくる。
三村「……早瀬さん。やっぱりここでしたか」
光一「なんじゃ、編集局長が直々に」
三村「届きました……アメリカからの返還資料です」
光一「……帰ってきたか」
○同・資料室(夕)
段ボール箱が積まれている。
光一、三村、若手記者たちが黙々と箱を開け、分類している。
箱の中には、変色したネガフィルム、検閲印の押されたゲラ、プリントなど。その中に、封筒。
光一、取り出す。
封を開けると、さまざまなネガ。
その中の一枚、光一の手が止まる。
かざすと、瓦礫の中、包帯だらけだが、まっすぐな瞳の栞。
光一「!」
○光一の家(夜)
仄暗い灯りの下、机の上に広げられた原稿用紙と万年筆。横には、栞の写真。
光一「……」
光一、万年筆を手に取り、原稿用紙に文字を書いていく。
文字「懺悔することがある」
○ある小学校・職員室の外~中(数日後)
廊下。子供たちが駆けている。
栞(35)が歩いている。
栞「ちょっと?廊下は走らない!」
子供たち「はーい」
栞「(小さく笑う)もう」
× × ×
栞、職員室に入ってくる。
教員、帝都新聞を読んでいる。
栞、自分の席に座る。
教員「この記者、えらいこと告白しとるなあ」
栞「なんですか?」
教員「ああ。広島の原爆のことや」
栞「!」
教員「昔撮った写真がな、嘘やったって」
栞「嘘?」
教員「まあ、厳密には嘘というか、栞先生、知っとるか? あの、少女が一人、遺体を運んどった写真や」
栞「!」
教員「えらいセンセーショナルな写真やったんで覚えとるが、ほんまはそこに母親がいたらしい」
栞「(顔の小さな傷跡を触り)……」
教員「だが当時の編集方針やなんやで──」
栞「あの、見せてもらえますか?」
栞、教員から新聞を受け取る。
栞「(読んでいる)……」
光一の記事の最後。
記事「ずっと気がかりなことがある。彼女が、無事なのだろうかということだ。もし、生きているのだとしたら──」
栞「──どうか、笑っていてほしい……」
○帝都新聞社・広島支局・映像報道部(日替わり)
電話がかかってくる。
若手記者、受話器を取る。
若手記者「はい、帝都新聞広島支局、映像報道部です……あ、はい……? はい、はい……ええと、早瀬記者なら──」
と、光一が入ってくる。
若手記者「あ、ちょっと待ってくださいね。早瀬さん!」
光一「なんじゃ」
若手記者「あの、先日の記事の件でお話ししたいことがあると」
光一「(受話器を受け取って)早瀬です」
○喫茶店(数日後・夕)
光一が緊張した面持ちで座っている。
と、ドアが開く。
光一「!」
光一、立ち上がると、
ドアの先に栞。
× × ×
向かい合う光一と栞。
光一「……本郷さん。あの時、あなたとお母様の気持ちを置き去りにして、写真を世に出したこと、心からお詫びします」
栞「……母が亡くなって、親戚に引き取られた後、黙っとけって言われました。被爆したことが知られたら、嫁ぎ先が無くなるって」
光一「……」
栞「あの日、広島にいた人間は、2種類おるんです。語れる人と、語れん人」
光一「……」
栞「……あの日、何があったのか、何を見たのか……知らん人に伝えることは大事じゃと思います。けど……被爆したことが他の人に知られると、生きる場所を失う人間もおる」
光一「……」
栞「私は、語れんかった側の人間です。言葉にしようとしても、言葉にならんもんが、ずっと喉の奥につかえとって」
光一「……」
栞「……私、小学校で、先生してるんです」
光一「そう、ですか」
栞「子供たちは、私が被爆者だとは知りません。でも、伝えようと思います」
光一「!」
栞「……まだ、生きとりますから」
光一「……っ!」
栞「……」
光一「栞さん……生きとってくれて、ありがとうの……!」
栞「(小さく微笑んで)はい」
○同・外(夕)
夕焼け空の下、光一と栞が出てくる。遠くから、駆けてくる白衣を着た男──直人(33)だ。
直人「し、栞ちゃん!」
光一と栞「!」
直人、やってきて
栞「……直人、なん?」
直人、無言で頷く。肩で息をしている。
栞「……なんじゃ、ほんまに、直人か」
直人「……やっと、会えた」
栞「びっくりした……お医者さんに、なったん?」
直人「うん。皮膚科の先生じゃ」
栞「そうか、直人がな……」
直人「うん」
光一「ほんなら、わしはこれで」
栞「あ、はい……ありがとうございました」
光一「またな、直人」
光一、背を向けて歩き出す。
直人「栞ちゃんは今──」
光一「……」
歩いている光一、立ち止まる。
直人「……あのさ」
栞「ん?」
直人「今日こそ、ビー玉勝負しようや」
栞「! うん。負けんけぇね」
二人、目を合わせて笑い合う。
光一「……」
光一、手でカメラのポーズを作る。
手の中に、直人と栞の二人の笑顔。
光一の顔に光が差し、シャッター音。
(了)
【参考文献】
○原爆関連
・大江健三郎『ヒロシマ・ノート』(1965)岩波書店.
・川口隆行(2017)『原爆を読む文化辞典』青弓社.
・小山仁示(1991)『大阪にも空爆があった』大阪国際平和センター.
・ジョン・ハーシー(2014)『ヒロシマ 増補版』法政大学出版局.
・広島市原爆体験記刊行会編(1975)『原爆体験記』朝日選書.
・広島市・長崎市 原爆災害誌編集委員会 編(1979)『広島・長崎の原爆災害』岩波書店.
・広島平和記念資料館編『広島原爆戦災誌』(1971)広島平和記念資料館平和データベース.
○報道関連
・朝日新聞「新聞と戦争」取材班(2008)『新聞と戦争』朝日新聞出版.
・伊藤絵理子(2021)『清六の戦争:ある従軍記者の軌跡』毎日新聞出版.
・大佐古一郎(1975)『広島昭和二十年』中公新書.
・小田切秀雄監修(1987)『新聞資料原爆』日本図書センター
・貴志俊彦(2024)『情報・通信・メディアの歴史を考える』山川出版社.
・貴志俊彦(2025)『戦争特派員は見た 知られざる日本軍の現実』講談社.
・里見脩(2011)『新聞統合:戦時期におけるメディアと国家』勁草書房.
・昭和館編 (2015)『昭和のくらし研究 (14)』昭和館.
・中国新聞社『広島平和メディアセンター』https://www.hiroshimapeacemedia.jp/?lang=ja
・並河亮(1984)『もうひとつの太平洋戦争 戦時放送記者がいま明かす日本の対外宣伝戦略』PHP研究所.
・橋爪紳也(2022)『写真図説 占領下の大阪・関西: 昭和20年(1945)~昭和30年(1955)』創元社.
・林重男(1992)『爆心地ヒロシマに入る:カメラマンは何を見たか』岩波書店.
・山本武利編集代表 (2009)『占領期雑誌資料大系 大衆文化編3:アメリカへの憧憬』岩波書店.
・由木直子(2025年1月18日)『隠ぺいと誇張で戦意をあおった大本営とメディア 東京新聞の報道責任〈ビジュアル特集・戦後80年 3〉』東京新聞. https://www.tokyo-np.co.jp/article/369536
○日本軍・GHQ関連
・甲斐弦(2022)『GHQ検閲官』経営科学出版.
・河原匡喜(1995)『マッカーサーが来た日:8月15日からの20日間』新人物往来社.
・賀茂道子(2022)『GHQは日本人の戦争観を変えたか:「ウォー・ギルト」をめぐる攻防』光文社.
・竹前栄治(2002)『GHQの人びと:経歴と政策』明石書店.
・日本管理法令研究会(1992)『日本管理法令研究会 復刻版 第2巻』大空社.
・山本武利(2021)『検閲官:発見されたGHQ名簿』新潮新書.
・吉川弘文館編集部編(2012)『日本軍事史年表』吉川弘文館.
○日系人関連
・PBS Minnesota Experience. (2021, May 17). Japanese Translators Secretly Helped Win World War II [Video]. YouTube. https://www.youtube.com/watch?v=RQ1JVFMK66s
・Takeda, K. (2007). Nisei Linguists During WWII and the Occupation of Japan.?The ATA Chronicle.
