「浮雲」「めし」「銀座化粧」の4K版を3カ月にわたって日本映画専門チャンネルにて4K化TV初放送!
1955 TOHO CO., LTD.-367e8e6e-large.webp)
黒澤明、小津安二郎、溝口健二と共に世界で高く評価されてきた成瀬巳喜男監督。昨年は成瀬監督の生誕120年にあたり、第38回東京国際映画祭では「めし」(1951年)と「銀座化粧」(1951年)の〈4Kデジタルリマスター版〉が、第78回カンヌ国際映画祭では彼の最高傑作「浮雲」(1955年)の新たな〈4Kデジタルリマスター版〉が世界初上映された。日本映画専門チャンネルでは1月25日(日)から、この4K化された3作品を3カ月にわたって4K化テレビ初放送する。
離れられない男女を描いた、成瀬監督の最高傑作「浮雲」
1955 TOHO CO., LTD.-dd7b51d1-large.webp)
成瀬巳喜男には、デビュー作「チャンバラ夫婦」(1930年)から遺作の「乱れ雲」(1967年)まで89本の監督作があり、作風は時期によって異なる。ただ庶民の生活をリアリズムによって描いた、1950~60年代の作品群こそ国内外の映画人がリスペクトする、成瀬映画の魅力の核心であることは疑いようがない。
中でも1月に放送される「浮雲」は、小津監督から「『浮雲』は俺にはできないシャシンだ」と絶賛された名編。成瀬監督にとっても「『めし』あたりからやってきたことの言わば集大成をここでやってみたかった」と意欲を示した作品だった。物語は、戦時中にタイピストとして仏印(ベトナム)に渡った幸田ゆき子(高峰秀子)が、農林省の技師・富岡(森雅之)と愛し合い、やがて終戦を迎える。日本に引き揚げてきたゆき子は富岡を訪ねるが、彼はゆき子には別れると約束した妻と暮らしていて、煮え切らない態度を見せる。ここから富岡との仲を諦めて、外国兵や義兄の囲い者になるゆき子、その彼女をたまに訪ねてゆき子の心を乱す富岡という、互いを拠り所にする男女のさすらう愛欲が描かれていく。
ゆき子を演じた高峰秀子は成瀬の映画に17本出演した、彼の作品を象徴する名女優。ここでは流転する人生を送りながら富岡のことを一途に愛し、会えば憎まれ口を叩きながら、それでも別れられない女の哀しみを見事に演じている。その彼女の運命を狂わせる、富岡を演じた森雅之も素晴らしい。優柔不断で不実な男でありながら、女性を惹きつける愛の吸引力を持つキャラクターを、絶妙のバランスで表現した。
戦後の混乱期における、ゆき子と富岡の貧しい生活をリアリズムで描きながら、それを突き抜けた純粋な愛が、濃密なドラマと映像によって観る者に迫ってくる。ゆき子が伊香保温泉で出会う、バーの経営者とその若妻役の加東大介と岡田茉莉子、怪しい新興宗教に手を染める義兄役の山形勲など、脇役陣も好演。また撮影の玉井正夫、照明の石井長四郎、美術の中古智は、公開順は逆になったが、この映画のすぐ後に作られた「ゴジラ」(1954年)の第1作にも参加していて、夕暮れやナイトシーンの薄暗さを活かした映像表現は、「ゴジラ」のドラマ部分にも通じる。今回の放送では、第38回東京国際映画祭での「浮雲」上映時に行われた、岡田茉莉子によるトークショーの模様も併せてお届けする。
成瀬監督がスランプから復活した、原節子、上原謙出演の「めし」

2月に放送される「めし」は、その後「稲妻」(1952年)、「妻」(1953年)、「晩菊」(1954年)、「浮雲」、「放浪記」(1962年)と続いた林芙美子の原作を、成瀬監督が初めて撮り上げた作品。大阪・天神に住む、結婚5年目の岡本初之輔(上原謙)と三千代(原節子)の夫婦。倦怠期を迎え、特に三千代は平凡な日常に疲れを覚えていた。そんな時、初之輔の姪・里子(島崎雪子)が、東京から家出してやってくる。奔放で自由にふるまう里子に、苛立ちを覚える三千代は、日ごろの不満を初之輔にぶつけ、川崎の実家へ帰ってしまう。
成瀬監督が日常的なリアリズムを完成した作品で、何気ない生活描写の中に初之輔や三千代の心情が映し出されていく。例えば朝食の場面で三千代が茶碗にめしをよそい、その茶碗を見もしないで受け取ろうとする初之輔の気のない仕草に夫婦間の無関心さが表現され、成瀬監督は抑制された演出によって、二人の人間性を的確に描出した。また奥行きのある空間の構図を活かし、夫婦間の気持ちのすれ違いを表した映像設計も素晴らしい。
家事に追われて人生を過ごすことに空しさを感じる三千代を演じた原節子の、やつれた美しさが印象的。彼女の寂しさがわからない初之輔の凡庸さをうまく演じた上原謙は、ここから「夫婦」(1953年)、「妻」(1953年)、「山の音」(1954年)、「晩菊」(1954年)、「くちづけ」(1955年)、「あらくれ」(1957年)といった成瀬作品に出演し、二枚目スターから演技派俳優へと脱皮していった。
この映画は最初、千葉泰樹が監督するはずだったが、千葉の急病によって成瀬が代役を務めた。結果的に成瀬監督は、戦後第1作の「浦島太郎の後裔」(1946年)より長く続いたスランプから脱し、この作品で完全に復活して名匠の道を歩み始めたのである。
田中絹代がシングルマザーを演じた、懐かしい東京も見どころの「銀座化粧」

3月放送の「銀座化粧」は井上友一郎の小説を原作に、銀座のバーで働く女給・津路雪子(田中絹代)の日常を描いた風俗映画。昔世話になった男・藤村(三島雅夫)との間にできた春雄を女手一つで育てる雪子。戦後に落ちぶれて、時折金の無心に来る藤村、雪子を金で買い取ろうとする成金の菅野(東野英治郎)など、自分の旦那を大事にする古風な心情の雪子を取り巻く、戦後の世知辛い社会状況が描かれる。片や雪子が働くバーでは、仕事はお金と割り切った若い女給たちが大半。その中で夜の世界に染まり切れない純真さを持つ雪子の妹分・京子を演じた、香川京子の輝くばかりの美しさが観る者を惹きつける。
一方で成瀬監督は、母親の帰りを待ちながら一人で過ごす春雄少年の日常を丹念に映し出し、彼の孤独と寂しさを描き出している。ある日春雄が行方不明になり、雪子が下宿している長唄の師匠の夫婦や近所の人々が、協力して春雄を探す。そこにこの頃まだ残っていた、下町人情の結びつきが織り込まれている。
また雪子親子が暮らす新富町や、雪子が友人に頼まれて田舎から出てきた石川京助(堀雄二)を案内する上野動物園など、50年代初頭の東京を捉えた情景描写も貴重。成瀬監督がスランプから完全復活したのは、この2本後の「めし」だったが、低迷から脱する手がかりをつかんだのがこの作品だった。成瀬巳喜男が監督として絶頂期へと向かう時期に作った今回の3作品を、多くの人に是非観ていただきたい。
文=金澤誠 制作=キネマ旬報社・制作部(山田)
<日本映画専門チャンネル>
日曜邦画劇場/3ヶ月連続 成瀬巳喜男4K
「浮雲」<4Kデジタルリマスター版>(1955年) 4K化TV初
【放送日時・作品】
1月25日(日)21:00/1月29日(木)21:50/2月8日(日)深夜01:50/2月18日(水)07:00
<スタッフ>
監督:成瀬巳喜男 原作:林芙美子 脚本:水木洋子 撮影:玉井正夫
<出演>
高峰秀子 森雅之 岡田茉莉子 山形勲 中北千枝子 ほか
●林芙美子の同名小説を映画化。戦中戦後の混乱期を舞台に、男と女の宿命的な愛と悲劇を描いた成瀬巳喜男監督の代表作。日本映画史における恋愛映画の最高傑作のひとつであり、世界の映画史に燦然と輝く名作。2025年のカンヌ国際映画祭でも上映され絶賛を博した、高音質でさらに進化した新4Kデジタルリマスター版で放送。
★【日曜邦画劇場】では、第38回東京国際映画祭『浮雲』上映後に行われた岡田茉莉子トークショーの模様もお届け!
「めし」<4Kデジタルリマスター版>(1951年) 4K化TV初
【放送日時・作品】
2月15日(日)21:00/2月19日(木)22:30
<スタッフ>
監督:成瀬巳喜男 原作:林芙美子 脚本:井手俊郎 田中澄江 撮影:玉井正夫
<出演>
上原謙 原節子 島崎雪子 杉葉子 杉村春子 ほか
●林芙美子の未完の小説を映画化。大阪を舞台に、結婚5年目の倦怠期を迎えつつある夫婦の日常と心理が、抑制された演出で繊細に描かれた成瀬巳喜男監督の傑作。奥行のある空間の構図と、ロケとセットを巧みに組み合わせた映像美の中で、夫婦間の感情のすれ違いが見事に描かれる。
「銀座化粧」<4Kデジタルリマスター版>(1951年) 4K化TV初
【放送日時・作品】
3月放送
※詳細は日本映画専門チャンネル公式HPにて
<スタッフ>
監督:成瀬巳喜男 原作:井上友一郎 脚本:岸松雄 撮影:三村明
<出演>
田中絹代 花井蘭子 香川京子 堀雄二 ほか
【解説】戦後復興期を舞台に、銀座のバーで働く女性たちの日常を、夜の盛り場や下町の生活風景とともに丹念に描いた成瀬巳喜男監督による抒情的作品。溝口健二監督作品でも知られる田中絹代が、ひとり息子を育てながらバーで働くヒロインの「女」と「母」の間で揺れ動く心情を見事に演じる。
▶日本映画専門チャンネルの公式HPはこちら
