樹上に残された二人の時間——映画「木の上の軍隊」が問いかける「生き延びる」ということ

1945年、沖縄県伊江島。激しい地上戦のさなか、二人の日本兵がガジュマルの木の上に身を潜め、終戦を知らぬまま二年間を生き延びた――。その実話に着想を得た映画「木の上の軍隊」が、2026年3月4日にBlu-ray&DVDとしてリリースされる。原案を遺したのは、日本を代表する作家・劇作家の井上ひさし。最期まで描きたいと願いながら果たせなかったその物語は、井上の娘・井上麻矢が代表を務める劇団こまつ座の舞台を経て、沖縄出身の監督・脚本家、平一紘の手によって映画化された。戦争の悲惨さだけでなく、「生き延びた」という事実の重みを見つめる本作は、いま改めて観返す価値のある一本である。
実話を受け継ぐということ——沖縄から発信する映画

物語の舞台は沖縄県伊江島。宮崎から派兵された少尉・山下一雄と、沖縄出身の新兵・安慶名セイジュンは、米軍の銃撃から逃れ、巨大なガジュマルの木の上へと身を潜める。やがて戦争は終わるが、その事実を知らぬまま、二人の“孤独な戦争”は続いていく。
本作が特異なのは、戦闘の迫力はもちろん、その後の「時間」を描いた点にある。援軍を待つはずだった数日が、やがて数カ月、そして二年へと伸びてゆく――。そのあいだに上官と新兵という関係性は揺らぎ、思想は衝突し、しかし同時に、人としての連帯が生まれる。全編沖縄ロケによる自然光と風の音が、閉ざされた樹上の空間に不思議な広がりを与えている。
堤真一と山田裕貴、極限があぶり出すもの

厳格で国家を背負う意識の強い山下を演じるのは、確かな演技力で日本映画界を支えてきた堤真一。対する安慶名を演じるのは、近年目覚ましい活躍を見せる山田裕貴。
本土出身の上官と、島から出たことのない沖縄出身の新兵。立場も価値観も異なる二人は、当初まったく噛み合わない。だが、飢えや恐怖、孤独を共有するなかで、次第に奇妙な連帯が芽生えていく。その過程を、堤は抑制の効いた表情と声音で、山田は無垢さとしたたかさを同居させた身体性で体現する。
特筆すべきは、極限状況のなかに滲む“可笑しみ”である。食料を巡るやり取りや、故郷への想像を語り合う場面には、思わず笑みがこぼれる瞬間がある。だがその笑いは、戦争という巨大な不条理の上にかろうじて成り立つものだ。笑いと悲しみが同時に胸を打つ感覚こそ、本作の核心であろう。
映像特典として収録されるメイキングドキュメンタリーで明かされるのは、極限の飢えを表現するため山田は食事を制限し、「大の虫嫌い」にもかかわらず、ウジ虫を口にする場面にも向き合ったこと。さらに印象深いのは、堤演じる山下のモデルとなった「山口静雄」さんの下の名が堤の父の名と同じであり、役名の「山下」が母の旧姓と重なっていたという偶然である。俳優にとって役と私生活が交差する瞬間は、きっとそう多くはないはずだ。堤がこの作品を「自分の子どもにも観せたい」と語る背景には、そうした個人的な結びつきや縁を、殊更強く感じたこともあるのかもしれない。
ガジュマルとアゲハ蝶——目に見えないものをめぐって

本作には“もう一人の主役”がいる。二人の命を支えた“ニーバンガズィマール”こと、ガジュマルの木である。実在のガジュマルは2023年の台風で倒木してしまったため、伊江島の別の場所に生えていた2本のガジュマルを、今回の撮影のために移植。その2本のガジュマルを抱き合わせ、巨大な1本の木へ造形したのだという。単なるセットを超えた存在感を放つその木を、堤が「登場人物だった」と述懐するのも頷ける。
メイキングでは監督が撮影に先立ち、井上ひさしの墓前を訪れた際のエピソードにも触れられる。「黒いアゲハ蝶がひらりと現れた」という話は、偶然かもしれないし、そうでないのかもしれない。本作の撮影中、「とある重要な場面で再び黒いアゲハ蝶が、カメラの前を横切った」という出来事も含め、映画作りとは理屈だけでは語れない“何か”に支えられていることを感じさせられる。過度に神秘化する必要はないかもしれないが、この作品が多くの人の思いを背負っていることの象徴として静かに心に残る。
「生きる」というテーマが現在に届くとき

メイキングと共にBlu-rayの映像特典に収録される「全国公開記念舞台挨拶」では、モデルとなった家族からの感謝の手紙がMCからサプライズで紹介され、「これはズルくないですか?」と山田が感極まる場面もあった。「あなたがいるから私はここにいる」と告げられた言葉は、俳優としてだけでなく、一人の人間としての彼を揺さぶったに違いない。堤もまた、「時に役者は実在の方を演じるが、モデルになった方の本当の気持ちなんて、役者には絶対にわからない。だからこそ、僕たちはそれを探って探って見つけていくだけ。だから感謝されるようなことではない。でも、ご子息からそう言ってもらえて、役者をやっていく上での救いをいただきました」と語る。
沖縄に伝わる「命どぅ宝=命こそ宝」という言葉。本作が提示するのは、戦争の悲惨さや凄惨さの再現にとどまらない。たとえどんな状況であれ「生き延びること自体が希望である」という、戦後80年を迎える“いま”ならではの視点である。メイキングや舞台挨拶映像は、その思考と感情の過程を静かに補完してくれる。宣伝のための付録というより本編をもう一度見つめ直すための“手がかり”と言ったほうが近いだろう。
確かに実在した二人の日本兵士の知られざる樹上の二年間を、我々はどう受け止めるのか。その問いを、自宅であらためて反芻する時間もまた、この作品の一部なのだ。
文=渡邊玲子 制作=キネマ旬報社・山田

「木の上の軍隊」
●3月4日(水)Blu-ray&DVD発売(レンタルDVD同時リリース)
▶Blu-ray&DVDの詳細情報はこちら
●Blu-ray 価格:6,600円(税込)
【ディスク】<1枚>※本編+映像特典
★映像特典★
・メイキングドキュメンタリー[再編集版]
・全国公開記念舞台挨拶
・予告集
★音声特典★
・オーディオコメンタリー(堤真一×山田裕貴×平一紘監督)
★初回封入特典★
・ステッカー
●DVD 価格:4,400円(税込)
【ディスク】※本編+映像特典
★映像特典★
・予告集
★初回封入特典★
・ステッカー
●2025年/日本/本編128分
●監督・脚本:平 一紘
●原作:「木の上の軍隊」(株式会社こまつ座・原案:井上ひさし)
●出演:堤 真一、山田裕貴
津波竜斗、玉代㔟圭司、尚玄、岸本尚泰、城間やよい、川田広樹(ガレッジセール)
玉城凜(子役)、西平寿久、花城清長、吉田大駕(子役)、大湾文子、小橋川建、蓬莱つくし、新垣李珠、 真栄城美鈴/山西 惇
●発売・販売元:ハピネット・メディアマーケティング
©2025「木の上の軍隊」製作委員会
