ハメット、チャンドラーら原作のノワール映画15本を上映〈ハードボイルド・ノワール映画祭〉

ダシール・ハメットやレイモンド・チャンドラーらハードボイルド作家が原作・原案を担ったノワール映画15本を一挙上映する〈ハードボイルド・ノワール映画祭〉が、7月25日(土)より新宿K’s cinemaで開催される。メインビジュアルが到着した。

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上映作品は以下の通り。

【ダシール・ハメット原作】
「ガラスの鍵」The Glass key(1942年/82分/モノクロ)
「市街」City Streets(1931年/83分/モノクロ)
「影なき男」The Thin Man(1934年/90分/モノクロ)

【レイモンド・チャンドラー原作】
「ブロンドの殺人者」Murder My Sweet(1944年/95分/モノクロ)
「湖中の女」The Lady in the Lake(1946年/103分/モノクロ)
「青い戦慄」The Blue Dahlia(1946年/99分/モノクロ)

【ミッキー・スピレイン原作】
「キッスで殺せ!」Kiss Me Deadly(1955年/106分/モノクロ)
「裁くのは俺だ」I, the Jury(1953年/87分/モノクロ)※日本初公開

【アーネスト・ヘミングウェイ原作】
「殺人者」The Killers(1946年/103分/モノクロ)
「破局」The Breaking Point(1950年/97分/モノクロ)

【ウィリアム・マッギヴァーン原作】
「悪徳警官」Rogue Cop(1954年/92分/モノクロ)
「拳銃の報酬」Odds Against Tomorrow(1959年/96分/モノクロ)
「地獄の埠頭」Hell on Frisco Bay(1956年/98分/カラー)

【ジェームズ・M・ケイン原作】
「ミルドレッド・ピアース」Mildred Pierce(1945年/111分/モノクロ)

【ジェームズ・ハドリー・チェイス原作】
「エヴァの匂い」Eve(1962年/109分/モノクロ)

開催初日の7月25日(土)には、「キッスで殺せ!」上映後に映画評論家の吉田広明と上島春彦によるトークイベントを実施する。

吉田広明(映画評論家)の推薦文

ハードボイルド・ノワールの世界
ハードボイルドとは、一義的には第一次世界大戦後アメリカで起こった文学スタイルを指す。内面描写を排し、簡潔な外面描写に徹する乾いた文学。ヘミングウェイをその起点とし、彼は短編『殺し屋』(27)においてそのスタイルを確立したとされる(その映画化がシオドマク『殺人者』)。こうした文体傾向を犯罪小説の分野で創始したのがダシール・ハメットで、彼はパルプマガジンで乾いた文体の犯罪小説を書いていたが、第二長編『マルタの鷹』(29)がベストセラーとなり、高い評価を得ることで、彼に続いて陸続とハードボイルド小説が書かれることになる。中でもレイモンド・チャンドラー、ロス・マクドナルドが代表格。『マルタの鷹』では、文体もさりながら、事件の渦中にあって常に冷徹に振る舞うタフガイ探偵の在り様もまたハードボイルドと解され、ハードボイルドと言えばタフガイ私立探偵という図式ができあがる。かくして簡潔な文体で書かれ、タフガイ探偵が主人公の犯罪小説がおおむねハードボイルドと称されることになり、そのさまざまなヴァリアントがアメリカの犯罪小説を席巻する。暴力とセックスを強調したミッキー・スピレイン(『裁くのは俺だ』、『キッスで殺せ』)、身を持ち崩した、あるいは道を踏み外した警察官を描くウィリアム・マッギヴァーン(『復讐は俺に任せろ』、『悪徳警官』、『拳銃の報酬』)、W・R・バーネット、ホレス・マッコイ等々。その波は大西洋を渡り、イギリス(『エヴァの匂い』のハドリー・チェイス。彼の第一作『ミス・ブランディッシの蘭』は内容的にスキャンダルを引き起こしたが、文体はジョージ・オーウェルにも認められた)、フランス(『男の争い』のオーギュスト・ル・ブルトン、『穴』のジョゼ・ジョヴァンニ。彼らを一般にはハードボイルドと分類しないかもしれない。ただ、ジュールス・ダッシン、ジャック・ベッケルによるそれぞれの映画化作品の印象はまさにハードボイルド)にも波及する。
ハードボイルド小説は盛んに映画化された。その中にはノワールに分類されるものも多いが、実のところそれをノワールと言えるかは疑わしい。ハードボイルドも犯罪を描いたものである以上暗い世界であるからノワールだというのであればいささか杜撰な話である。それもノワールという呼称がジャンルというよりある種の傾向を指し、拡大解釈を許すものであるがゆえかもしれないが。それでも例えばヘミングウェイの同じ作品の映画化でありながら、ホークス『脱出』のハンフリー・ボガートと『破局』のジョン・ガーフィールドが住む世界が違うのは明らかだろう。後者のガーフィールドは、いかんともしがたい形で事態に巻き込まれ、深く(身体的にも情動的にも)傷を負う。その苦さこそがノワールなのだ。事態を傍観的に見て、何事にも動じないタフガイは、ハードボイルドではあってもノワールではない。しかしこれもハードボイルドを文体だけでなく、登場人物の性格にも流用するから起こる混乱であって、ハードボイルドを文体(語り)の簡潔のみに限定するならば、ハードボイルドと苦い世界を描くノワールの両立はありうるだろう。そう考えれば、ハードボイルド(簡素な語り)とノワール(陰鬱な世界観)の両立を最も実現している作家はジェームズ・M・ケインということになる(『ミルドレッド・ピアース』)。ハードボイルド小説の傑作の一つ『郵便配達は二度ベルを鳴らす』映画版が、フィルム・ノワールの傑作でもある所以である。

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「青い戦慄」

〈ハードボイルド・ノワール映画祭〉

配給:アダンソニア
宣伝・配給協力:ブライトホース・フィルム
協力:ブロードウェイ、仙元浩平
デザイン:千葉健太郎
字幕:上條葉月(「裁くのは俺だ」)

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