テレビは旅への窓になる――映画「旅と日々」Blu-rayで見つけた、新たな映画体験

2025年を代表する日本映画の一本となった三宅唱監督作「旅と日々」のBlu-ray&DVDが7月10日に発売となる。
原作は、つげ義春の『海辺の叙景』と『ほんやら洞のべんさん』。「ケイコ 目を澄ませて」「夜明けのすべて」などで国内外から高い評価を集める三宅監督が、半世紀以上前に発表された二つの名作漫画をもとに、一人の脚本家の旅を描く物語として再構築した。
本作は第78回ロカルノ国際映画祭で最高賞の金豹賞とヤング審査員賞特別賞を受賞。その後も世界各地の映画祭を巡り、2025年 第99回 キネマ旬報ベスト・テンでは日本映画第1位を獲得したほか、シム・ウンギョンが主演女優賞に輝くなど、国内外で高い評価を受けた。
創作に行き詰まりを感じている脚本家の李(イ)。恩師の死をきっかけに旅へ出た彼女は、さまざまな人々や風景との出会いを重ねていく。シム・ウンギョンは公開時のインタビューで、「人生ってそういう出会いの繰り返しだと思います」と語っていた。まさに本作は、劇的な事件ではなく、人や土地との偶然の出会いが人生の風景を少しだけ変えていく瞬間を見つめた映画だ。
そして今回収録されたメイキング映像や舞台挨拶映像は、その豊かな余韻がどのように生まれたのかを知ることのでき、作品理解を深める貴重な資料となっている。
人物は現場で生まれる —— 三宅唱監督の映画づくり

「旅と日々」のメイキングでまず印象に残るのは、三宅監督が人物を≪作る≫のではなく、≪見つけていく≫ような映画づくりを行っていることだ。
夏の神津島を舞台にしたパートで渚を演じた河合優実は、「最初に三宅さんとお話した時に、撮っていく中で渚がどういう人か分かりますっていうスタートだった」と振り返る。
通常であれば、俳優は役柄の背景や人物像を固めて撮影に臨む。しかし本作では、神津島という土地に身を置き、共演者と時間を重ねながら、役そのものを探っていくプロセスが重視されていたようだ。
河合はさらに、「漫画の中のお話ではあるけれども、思ったより生の人間になっている」と語る。つげ義春作品特有の幻想性を残しながらも、スクリーンの中の人物たちは驚くほど現実の体温を帯びている。その理由の一端が、このメイキングからこのメイキングから垣間見える。
夏男役の髙田万作も、「クルーが少ない。お互いの信頼感があって、撮影を重ねるごとに絆がどんどん深まっていった」と証言する。
実際、三宅監督自身も夏パートのクランクアップ時、「島でやる。そして少人数でやるって決めたのは僕」と語っている。制作上の困難も少なくなかったはずだ。しかしその選択が、画面の隅々にまで行き渡る親密な空気を生み出したことは間違いない。
風景を撮るのではなく、風景と出会う映画

「旅と日々」には二つの季節が流れている。神津島の海と、雪国の冬景色。だが、本作に映し出される風景は、いわゆる絶景映画のそれとは少し違う。
冬パートで主人公・李を演じたシム・ウンギョンは、撮影を振り返りながら「映画を撮っているのに、映画を観ているような気分になった」と語っている。
また、堤真一は「雪が解けかけていたのに、一夜明けたら一面の銀世界になっていた」と、一夜にして雪景色が一変した撮影時のエピソードを明かした。
舞台挨拶でも堤は、「本当に三宅監督ってすごいなと思ったのが、(人物が映っている場面はもちろん)合間、合間の風景が、奇跡的で素晴らしいこと」だと語っている。
三宅監督は風景を支配しようとしない。海や雪を演出の材料として扱うのではなく、人間と同じように、その場に存在するものとして受け止めている。だからこそ本作の風景は美しいだけではない。そこに立つ人物の呼吸や感情と結び付くことで、観客の記憶に深く刻まれていく。
河合優実は舞台挨拶で、本作の魅力について「自然に触れる感覚の豊かさ」を挙げていた。海や雪景色をただ眺めるのではなく、その風景を前にした登場人物たちの感覚までが観客に伝わってくる。まるで映画の中の人物の身体を借りて世界を見ているような感覚になる――と。きっとそれこそが、「旅と日々」ならではの体験なのだろう。
本作に映し出される海や雪は、単なる絶景として存在しているわけではない。登場人物たちがその場所で何を感じ、どのように世界と向き合っているのか。その感覚ごと観客へ手渡そうとしているのだ。
Blu-rayだからこそ出会える「旅と日々」

三宅唱監督は映画館という場所を深く信頼している作家である。だからこそ、「旅と日々」も本来は映画館の暗闇の中で観客を旅へと誘う作品として作られたはずだ。
しかし今回Blu-rayで見返したことで、劇場とは異なる映画体験が立ち上がってくることに気付かされた。三宅監督は、つげ義春作品について「読めば読むほど発見がある」と語っている。若い頃に読んだ時と今とでは印象が変わり、時には「まだ全然わかっていないのかもしれない」と感じることもあるという。その言葉は、「旅と日々」にも当てはまるのではないだろうか。劇場で観た時には旅の物語として心に残った場面が、Blu-rayで見返すとまったく違う表情を見せる。
映画館では、暗闇の中で外界の情報が遮断される。作品世界への没入という意味では、それ以上の環境はない。一方、自宅ではそうはいかない。窓の外では雨が降り、網戸越しにその音が聞こえてくる。冷房の効いた部屋でソファに腰掛けながら映画を観る。生活音もあるし、日常の気配も消えない。ところが、「旅と日々」はそうした現実を拒まない。むしろ不思議なことに、窓の外の雨音が神津島の波音や雪国の静けさとゆるやかに響き合い始める。
旅と日々をつなぐ窓

河合が語った「映画の中にいる人の身体に入ったような感じ」という言葉を思い出したのは、その時だった。テレビ画面は風景を映し出す額縁ではなく、どこか別の場所へ通じる窓のようになる。
神津島の海辺や雪国の宿が、その向こう側に確かに存在している。少し身を乗り出せば、その空気に触れられそうな気さえしてくる。旅と日常が切り離されたものではなく、一本の道でつながっているような感覚。
それは、この映画のタイトルそのものが示している世界観なのかもしれない。
舞台挨拶でシム・ウンギョンは、「『旅と日々』が届けたいメッセージはラストシーンにある」と語っていた。
その言葉の意味を確かめるためにも、そして劇場で観た時とは少し違う角度から作品と再会するためにも、今回のBlu-ray&DVDは格好の機会となるだろう。
特別な旅が人生を変えるのではない。何気ない出会いや風景との邂逅が、少しだけ世界の見え方を変えてくれる。「旅と日々」はそんなことを静かに教えてくれる作品だ。そしてその余韻は、映画が終わった後も、私たちの日々の中で続いていく。
文=渡邊玲子 制作=キネマ旬報社 制作部(山田)

「旅と日々」
●7月10日(金)Blu-ray&DVD発売
▶Blu-ray&DVDの詳細情報はこちら
●Blu-ray 価格:5,720円(税込)
【ディスク】<1枚>※本編+特典映像
★映像特典★
・メイキング
・舞台挨拶映像
・予告編集
★封入特典★
・ブックレット(16P)
●DVD 価格:4,180円(税込)
【ディスク】<1枚>※本編(DVD)
★特典映像★
・予告編集
●2025年/日本/本編89分
●監督・脚本:三宅唱
●原作:つげ義春『海辺の叙景』『ほんやら洞のべんさん』
●音楽:Hi’Spec
●出演:シム・ウンギョン
河合優実 髙田万作
斉藤陽一郎 松浦慎一郎 足立智充 梅舟惟永/佐野史郎
堤真一
●発売元:カルチュア・パブリッシャーズ 販売元:TCエンタテインメント
© 2025『旅と日々』製作委員会
