伝説となった台湾の世紀末映画「逃亡者狂騒曲」(1997)がデジタルリマスター版で公開
カンヌ国際広告賞で金獅子賞を受賞した台湾CM界のレジェンド、ワン・チャイシアン。彼が長編デビュー作(かつ現在まで自身唯一の長編映画)として、世紀末の台湾に渦巻く焦燥と欲望を圧倒的映像で描き出した「逃亡者狂騒曲」(1997)が、デジタルリマスター版となって10月10日(土)よりユーロスペースほか全国で順次公開される。メインビジュアル、予告編、著名人のコメントが到着した。

ニューヨークに憧れながら、夜はナイトクラブで働き、昼は恋人と過ごす青年。祭りの夜にたまたま殺人事件をビデオカメラに収めたことから、謎の殺し屋に追われるはめに。混沌とした台北の街を彷徨ううち、現実と白昼夢の境界は曖昧になり、ニューヨークからは疫病の知らせが届く。「街の中空に透明なガラスが存在し、世界を上下に隔てる。僕はその上で踊りたい──」。
1997年のベルリン国際映画祭フォーラム部門で上映されながら、台湾では公開数日で打ち切りとなった伝説的一作に注目したい。
〈コメント〉
伊藤亜和(文筆家)
名前のない人々の中で、溶岩のように煮えたぎる焦燥。煙たい熱狂が、世紀末の不協和音の中に吸い込まれていくような映像美。用意された清潔な時代の上には決して表れない、自暴自棄的な潔癖に息を呑む。
宇野維正(映画ジャーナリスト)
ワン・チャイシアン監督が捉えた約30年前の台北の情景は、この世界への無力感とやり場のない怒りに満ちていて、同時代に活動していた他の台湾の映画作家のいずれとも違う。
当時よりもむしろ2026年の現在、本作の切実さに共鳴する観客は多いのではないか。
ヴィヴィアン佐藤(ドラァグクイーン・美術家)
1997年台湾の「逃亡者」であるダンサー(もしくはチャイシアン監督)は、同時に1980年代のNYの幻影を追い求める「追跡者」でもある。
結果NYそのものを「逃亡者」へと変貌させてしまった。
そしてパラノイア(偏執)的でかつスキゾフレニア(分裂)的な在り方は、知らず知らずのうちに我々日本をも追いかけられる「逃亡者」に仕立てあげていた。
黒田育世(振付家・ダンサー)
どこで踊ろう。その地点次第で救うもの解かすもの暴くものの手応えが変わるだろう。彼は街の中空の世界を上下に隔てる透明なガラスの上で踊りたがっていた。二十数年封印された彼の踊りの本心は、これからやっと年月と上下という隔たりを救い解かし暴いていく。映画という浮力を帯びて、ガラスが割れてもまだ踊り、記す。
佐野史郎(俳優)
まるで肌をサンドペーパーで撫でられるような映像、音楽、言葉…物語を追うより先に否応なく体が反応してしまい、1990年代の台湾に放り込まれる。
全編を覆う「詩」のまなざし。
国家、経済、家族といった共同幻想体系を容赦なく解体させ、観るものに如何に生きるのかと突きつける。
30年ほど前、確かにそうした共同幻想の不確実性に、バブル経済崩壊後の日本も揺らいでいた。
そして現在。
台湾ヌーヴェルヴァーグともいうべき、今だからこそ尚更に上映の価値あるこの作品から、この先の幸の指針を読み取ることができるだろうか?
国旗の代わりに掲げられ、風になびくモノの姿が心に残る。
松永天馬(アーバンギャルド)
今から逃げる。
過去から未来から逃げる。
バイクが残した轍は詩のように書き殴られた。
それは青春と呼ぶには無軌道で、映画と呼ぶのに相応しい。

「逃亡者狂騒曲 デジタル・リマスター版」
監督・脚本・撮影:ワン・チャイシアン(王財祥)
出演:チェン・ホンレン(陳訇任)、ルー・シンユー(鹿心雨)、チェン・ジェイー(陳介一)、ホー・ジョンシアン(何宗憲)
製作:ワン・チャイシアン(王財祥)、ヤン・バオホイ(楊寶輝)
音響:ドゥ・ドゥーチー(杜篤之)
音楽:ツォン・スーミン(曾思銘)
原題:給逃亡者的恰恰 英題:A Cha-Cha for the Fugitive 日本語字幕:神部明世
協力:台北駐日経済文化代表処台湾文化センター
配給:Cinema Drifters、大福 宣伝:大福 宣伝デザイン:100KG
1997-2023年/83分/台湾/カラー/DCP/ステレオ
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公式サイト:https://note.com/chachatw_2026
