二人の巨匠によるインドのモダニズム建築を紐解く。特集上映〈ル・コルビュジエとドーシ インドのモダニズム〉
モダニズム建築を代表する巨匠ル・コルビュジエと、インド人として初のプリツカー賞を受賞した世界的建築家バルクリシュナ・ドーシ。インドにモダニズムを芽吹かせた両者にそれぞれフォーカスした2本のドキュメンタリー、「ユートピアの力」(2023)と「誓い 建築家B・V・ドーシ」(2023)を上映する特集〈ル・コルビュジエとドーシ インドのモダニズム〉が、5月1日(金)よりユーロスペースほか全国で順次開催される。ポスタービジュアルが到着した。

1947年のインドとパキスタンの分離独立に際し、パンジャーブ州は両国に分割され、州都ラホールはパキスタンに組み込まれた。新たな州都の建設を迫られたインド初代首相ネルーは、ル・コルビュジエに計画都市チャンディガールの設計を依頼。コルビュジエは都市を人体に見立て、州議会議事堂などがあるキャピトル・コンプレックスを頭、商業エリアを心臓、緑地帯や公園を肺、道路を循環器系とした。また街をセクターで区切り、道路システムを7階層に分け、緑地を整備して湖を造り、建築の規則を細かく定めた。
チャンディガールの計画が始まる頃、パリのコルビュジエのもとでインド人建築家のバルクリシュナ・ヴィタルダス・ドーシがキャリアを歩み始める。コルビュジエがインド西部の都市アーメダバードで手掛けたプロジェクトで、ドーシは協働。また、早くからサステナブルやエコの思想を取り入れ、低所得者向け住宅プロジェクトや大学創設にも尽力した。
時代に適合しなくなった設計から脱却し、壮大な実験を仕掛けたコルビュジエ。西洋のモダニズムを継承しながらも、インドの伝統に根ざした建築を目指したドーシ。二人は建築でどのような対話をしたのか、そしてそのビジョンはどのように変容し、継承されていくのか──。


〈ル・コルビュジエとドーシ インドのモダニズム〉
企画・配給:トレノバ
公式サイト:https://trenova.jp/coranddoshi
