中山美穂はどこから撮ってもキレイだった――金子修介監督が語る「どっちにするの。」製作秘話 【あの懐かしの映画を語ろう 番外編】

中山美穂の初主演映画として大ヒットした、金子修介監督作「どっちにするの。」(1989年)のデジタルリマスター版が初Blu-ray、DVD化され、4月8日にリリースされた。今回、発売を記念して、キネマ旬報YouTubeチャンネル【あの懐かしの映画を語ろう 番外編】と銘打ち、金子修介監督に製作の舞台裏を語っていただいた。

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本作が公開された1989年は、年明けの1月7日に昭和天皇が崩御、自粛ムードの中で昭和から平成に年号が変わり大きな時代の節目となった年。また、日本全体がすぐ後にやって来るバブルの終焉を知らずに浮かれていた時でもあった。ちなみに、映画業界でいえば、ソニーがコロンビア・ピクチャーズを買収して国内外で大きな話題となる一方、『アメリカの魂を金で買った』と日本叩きの要因ともなる――。

「どっちにするの。」の製作は、金子氏がその前年の秋に、サンダンス・カンパニーの古澤利夫氏から作品作りをオファーされたところから始まる。古澤氏がどんな人物であるのかは金子氏も語っているように、まさに映画業界の伝説的な存在だが、金子氏が気に入っている女優2人を抑えたとのこと。そのうちのひとりが本作で主演を務める中山美穂だった。当時の中山美穂は1985年に初出演のドラマ『毎度お騒がせします』で鮮烈なデビューを飾り、同年に歌手としてデビュー。瞬く間に人気を集め、日本レコード大賞の最優秀新人賞を獲得、主演ドラマも軒並み高視聴率を上げるなど、10代にして押しも押されぬトップアイドル・女優という存在であった。金子氏はそんな彼女ともうひとりの女優(金子氏は名前を伏せてK・Sとイニシャル呼び)に当て書き、赤川次郎の原作小説『女社長に乾杯!』からプロット作りを始める。また古澤氏から『「ワーキング・ガール」を見よ!』とのアドバイスを受け、そのイメージも踏まえつつ、1989年の2月2日にシナリオの第1稿が完成したという。
(編集注:)収録では、製作の過程を詳細に記した当時のノートを持ち込んで臨み、時系列通りにきっちりと話が語られていくなど、金子監督の几帳面な人柄が垣間見えた。

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そんな第1稿のシナリオはスタッフなど周囲の評判も良かったそうだが、2月8日に突然、K・Sの降板が知らされる。当初、劇中でひょんなことから社長に抜擢されるOLに中山美穂、同じく副社長になる同僚にK・Sということだったが、彼女のとある歌が大ヒットしたことから、中山美穂と同格のポジションになった彼女が“副社長”であるのは釣り合いが取れない、というのが降板の理由。しかし金子氏によれば、ふたりのキャラクターからいって、社長をK・S、副社長を中山美穂に役を入れ替えた方がいいだろうと考えて完成させた脚本だったという。どうやらそのことがK・S側には伝わっていなかったようだ。

そんな行き違いがあったが決定は覆ることなく、代役として名前が挙がったのが宮沢りえだった。彼女は1987年に初代リハウスガールとしてCMで大きな話題となり、翌年には映画初出演にして、主演した「ぼくらの七日間戦争」で日本アカデミー賞の新人賞を受賞した超注目株。しかし、当時15歳とさすがに会社員を演じるには無理があり、金子氏は一旦書いた脚本を大幅に書き換える必要に迫られる……。

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その後苦労して脚本を書きあげたこと、大先輩の那須博之監督(「ビー・バップ・ハイスクール」シリーズ)からの激励、K・Sに続き降板話が出た宮沢りえをいかに説得したか、中山美穂を映画好きにしようという裏テーマがあったこと、キスシーンの撮影前に彼女が流した涙、その美しさを表現したカメラマンの名言や、劇中の宇宙船を作ったまさかの人物など……「どっちにするの。」製作の舞台裏が大いに語られます。続きはぜひキネマ旬報YouTubeチャンネルでお楽しみください。

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「どっちにするの。」

監督・脚本:金子修介
製作総指揮:周防郁雄
原作:赤川次郎『女社長に乾杯!』
撮影監督:高間賢治/照明:吉角荘介/美術:中澤克巳/編集:冨田功/録音:宮本久幸/音楽:川崎真弘/主題歌:中山美穂「VIRGIN EYES」
出演:中山美穂、風間トオル、宮沢りえ、伊藤智恵理、真田広之
1989年/日本/カラー/100分
配給:東宝
©バーニングプロダクション

デジタルリマスター版
発売元:ダブル・フィールド株式会社/中央映画貿易株式会社  
販売元:ハピネット・メディアマーケティング

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