30年前、岩井俊二が作り上げた≪円都≫へ——「スワロウテイル」4Kリマスターで再び!

1996年、当時33歳の岩井俊二監督が、移民のるつぼと化した架空の街≪円都(イェンタウン)≫を舞台に、アクション、サスペンス、ラブストーリー、音楽映画など様々な要素を盛り込んで、豪華キャストを配して作り上げた群像劇「スワロウテイル」。その伝説的な傑作が、岩井監督監修のもと4Kリマスター&ドルビーアトモス化され、2026年9月4日より公開される。
無国籍な世界を生み出した美術と、生命を捉えるカメラ

「円」が世界で一番強かったころ、一攫千金を狙って移民たちが日本に集まり、≪円都≫と呼ばれる街を形成していた。日本人は移民たちを嫌い、彼らを≪円盗(イェンタウン)≫と呼んでさげすんだ。その円都に住む娼婦のグリコ(Chara)は、母親を喪って天涯孤独になった少女を拾い、彼女にアゲハ(伊藤歩)と名付ける。アゲハは、グリコに惹かれている上海出身のフェイホン(三上博史)、謎の男ラン(渡部篤郎)が集う何でも屋『あおぞら』で働き始めた。ある夜、アゲハはグリコの客である葛飾組のやくざ、須藤に強姦されそうになるが、何とか逃れる。その後、須藤が事故死し、彼の体内から1万円札の磁気データが収められたカセットテープが見つかったことで、アゲハやグリコの運命は大きく変わっていく。
磁気データを使って大金を稼いだフェイホンは、グリコのためにライブハウスを開店し、グリコはここを足掛かりに歌手としてスターの道を歩み始める。一方、アゲハはグリコやフェイホンと家族のような絆で結ばれ、無垢な少女から成長していく。彼らを中心に、磁気データを狙う裏社会の顔役リョウ・リャンキに江口洋介、スターになったグリコの過去を探る雑誌記者・鈴木野に桃井かおり、ランとコンビを組む凄腕のスナイパー・シェンメイを山口智子が演じるほか、香港のスター、アンディ・ホイや大塚寧々、ミッキー・カーチスなど、個性的な出演者が結集している。
歌でも鮮烈な印象を残すCharaなど、魅力的なキャストたちが集結

グリコを演じたCharaは、岩井監督と「PiCNiC」(1996年)でも組んでいるが、ここでは劇中に登場するYEN TOWN BANDのボーカルとして歌も披露。音楽の小林武史が手掛け、彼女が歌った主題歌『Swallowtail Butterfly~あいのうた~』もヒットした。アゲハを演じた当時16歳の伊藤歩は、日本語、中国語、英語のセリフを駆使して、移民たちの中で生きていく意志の強い少女を鮮烈に演じて見せた。アゲハが成長した証としてグリコと同じような蝶の刺青を入れるが、持ち前の清楚な雰囲気が揺るがないところが魅力的。また、グリコを愛したがゆえに人に騙され、堕ちていくフェイホンを演じた三上博史が見せる、滅びゆく男の純愛も忘れ難い。
岩井監督によれば、この映画を作った当時は1ドル=79円で、実際に円が世界でもっとも強かった時代だった。そんな円に群がる人間たちを描いた作品には、舛田利雄監督の「天国の大罪」(1992年)や三池崇史監督の「新宿黒社会チャイナ・マフィア戦争」(1995年)などがあったが、「スワロウテイル」はその状況をある種のファンタジーとして背景に置き、徹底して架空の世界観を作り上げることで、異色のエンタテインメントにしている。
無国籍な世界観を作り上げた美術と、出演者の感性に寄り添う撮影の妙

何と言っても、この作品を唯一無二のものにしているのが、撮影と美術だ。美術の種田陽平は、アジア各国の裏通りを見て回り、最終的に東京・お台場に無国籍な文化が集まった≪円都≫のセットを作った。怪しげな店が立ち並び、危険さが漂う阿片街や、アジアのどこかとしか思えないグリコが暮らす娼婦街、錆びた鉄塔の風車がモニュメントとして印象的な『あおぞら』など、どのセットも実在感があり、全体で一つの世界観を作り出している。その後、種田陽平は、やはり無国籍化した新宿・歌舞伎町をセットで作った「不夜城」(1998年)や、クエンティン・タランティーノ監督の「キル・ビルVol.1」(2002年)、最近では「国宝」(2025年)でも見事な仕事をしている。映画の美術によって世界をまるごと作ってしまうという意味では、この「スワロウテイル」が一つの原点だろう。
また撮影を担当した篠田昇は、35mmと16mmのフィルムで撮った映像の質感の違いを駆使し、出演者の感性や動きに寄り添った躍動感あふれるカメラワークで、どの場面にも生命の息吹を感じさせる。完成したライブハウスにYEN TOWN BANDのメンバーが初めて集まり、グリコに何か歌えと言い始めて、彼女が『マイウェイ』を歌いだす場面では、歌に気持ちが入っていくCharaの表情や仕草の生々しさが、片時も動きをやめない篠田のカメラによって、余すことなく掬い取られている。岩井監督と篠田昇は、テレビドラマの「undo」(1994年)から名コンビを組み、そのコラボレーションは「花とアリス」(2004年)まで続いた。この10年間に発表された岩井作品の映像の瑞々しさは、篠田の撮影なくしてはありえなかっただろう。篠田は2004年6月に52歳の若さで世を去ったが、彼が遺した素晴らしい映像の魅力を、今回の上映で再発見していただきたい。
この作品を作った当時、「Love Letter」(1995年)に続く長編映画2作目として、「スワロウテイル」を作った岩井俊二監督。彼が後の日本映画界を担う有能なスタッフたちや、魅力的なキャストを集めて、日本映画の枠を打ち破ろうとした意欲作が「スワロウテイル」だった。30年前に岩井俊二が作り上げた≪円都≫は、いまもスクリーンの中で息づいている。その世界を、今回の4Kリマスター&ドルビーアトモスで改めて体験してほしい。
取材・文=金澤誠 制作=キネマ旬報社 制作部(山田)

「スワロウテイル 4K リマスター」
1996年/日本/148 分
【STORY】
むかしむかし、“円”が世界で一番強かった頃、いつかのゴールドラッシュのようなその街を、移民たちは“円都(イェンタウン)”と呼んだ。でも日本人はこの名前を忌み嫌い、逆に移民たちを“円盗(イェンタウン)”と呼んで蔑んだ。ここは円の都、イェンタウン。円で夢が叶う、夢の都。……そしてこれは、円を掘りにイェンタウンにやって来た、イェンタウンたちの物語。娼婦の母が死に、たらい回しにされた少女(伊藤歩)は、歌手を夢見る上海から来た“イェンタウン”の娼婦グリコ(Chara)に拾われる。胸にアゲハ蝶のタトゥーを彫っているグリコは、名の無い少女に <アゲハ>と名づけた。やがてアゲハは、グリコに魅かれている上海出身のフェイホン(三上博史)、 謎の男ラン(渡部篤郎)たちが集うなんでも屋「青空」で働きはじめる。そんなある夜、アゲハはグリコの客である葛飾組の須藤(塩見三省)におそわれるが、間一髪のところ隣人の元ボクサーに救われる。そのままマンションから落下し死亡した須藤の腹からは、名曲『マイウェイ』が収録されたカセットテープが。このテープの中身は、一万円札の磁気データなのだった。
【STAFF】
プロデュ―ス:河井真也
脚本・監督:岩井俊二
音楽:小林武史
“Swallowtail Butterfly 〜あいのうた〜” YEN TOWN BAND(プロデュース:小林武史 ボーカル: Chara)
原作:『スワロウテイル』岩井俊二著(角川文庫/KADOKAWA 刊)
【CAST】
三上博史、Chara、伊藤歩、江口洋介、アンディ・ホイ、渡部篤郎、山口智子、大塚寧々、桃井かおり
配給:ポニーキャニオン
©SWALLOWTAIL PRODUCTION COM
公式サイト:https://swallowtail4k.jp


【岩井俊二監督初期の傑作が2本立てで公開決定!】
『undo + PiCNiC 4Kリマスター』
9.25(金)全国公開
配給:ポニーキャニオン
©FUJI TELEVISION/PONY CANYON
公式サイト:https://undo-picnic4k.jp/
