あの頃は分からなかった言葉が、今になって胸に響く——映画「キリコのタクト〜YELL〜」が描く、恩師から受け取った“希望”

厚木市制70周年を記念し、市の全面協力のもとオールロケで撮影された「キリコのタクト〜YELL〜」が10月2日(金)より全国でロードショー公開される。いきものがかりの大ヒット曲『YELL』をモチーフに、伝説の音楽教師・原田貴理子、通称“キリコ”と、その教え子たちの物語を描く本作。キリコ役を鈴木京香、教え子の北村翔役を藤原大祐が演じるほか、小泉今日子、榊原郁恵、名取裕子ら、厚木市ゆかりの俳優も多数出演する。
恩師の行方を追う元教え子たちが、かつて自分たちが受け取った言葉をたどるなかで見えてくるのは、当時は分からなかった言葉の意味だ。教師から投げかけられた言葉は、その場ですぐに理解できなくても、時を経て人生のなかでふと蘇り、別の意味を持って胸に響くことがある。本作は、そんな“言葉の贈り物”を描いた物語でもある。
「ヤバい教師」「魔女」——教え子たちの記憶に刻まれた型破りなキリコ

丘の上で、キリコのタクトに合わせて歌う生徒たちの姿をドローンで捉えた映像から、物語は幕を開ける。
音楽出版社に勤める北村翔(藤原大祐)は、編集長(小泉今日子)から「伝説の音楽教師を、君が探し出して記事を書いたらどうか」と持ちかけられる。翔が探すのは、かつて全国合唱コンクール優勝へと導いてくれた恩師・原田貴理子、通称キリコ(鈴木京香)。しかし、彼女はすでに学校を退職し、消息不明になっていた。
本厚木駅前で歌う女性トリオを見かけたことをきっかけに、翔は高校時代を振り返る。ギターを弾き語りする翔に声をかけてきた、杖をついた女性——それがキリコだった。ほどなくして音楽教師として教室に現れたキリコは、生徒の声を聴いただけでその才能を見抜き、翔をはじめとする4人を合唱チームへ半ば強引に誘い込む。
発声練習では動物の鳴き声やダンスまで取り入れるなど、その指導法はどこか型破りだ。卒業後の教え子たちが「あの人はヤバい教師だった」「魔女かな」と振り返るのも無理はない。人の心に“土足で入ってくる”と評されるほど、彼女は生徒の懐に遠慮なく踏み込んでいく。
「私は、希望を教えてます」——生徒の人生に踏み込んだ教師、鈴木京香の新境地

キリコは、音楽だけを教える教師ではなかった。家庭の事情を抱える生徒には弁当を作り、音楽活動を父親(宅麻伸)反対されていた翔には、「あんたはどうしたい? 歌いたいんか? 歌いたくないんか?」と問いかける。翔が「歌いたい」と答えると、上等な地酒とつまみを手土産に翔の家へ向かい、父親に「夢を見るから、人は輝く」と訴える。
同僚の高木先生(榊原郁恵)から、生徒の私生活に関わりすぎだと忠告されても、キリコは「先生は、生徒に何を教えてますか?」と問い返し、笑顔でこう言い切る。
「私は、希望を教えてます」
この一言が、本作におけるキリコという人物を端的に表している。
長年、数多くの映画やドラマで活躍してきた鈴木京香は、本作でこれまでとは異なる一面を見せる。関西弁でまくし立てるように語りかける豪快さの裏で、放課後の薄暗い音楽室でひとりピアノを弾く寂しげな表情も垣間見せる。そんな両面を、ふとした瞬間の表情の変化まで含めて演じ分けている。
そして、キャリア37年目にして挑んだ初の指揮者役では、タクトを振る後ろ姿ひとつにも、積み重ねてきた俳優としての説得力が宿る。
「飛べると信じているから」——歌に込められた“訴える”想い

本作を象徴する台詞のひとつが、キリコが着任の挨拶で口にする「羽の構造的には不可能なはずのミツバチが、何万キロも飛べるのは、飛べると信じているから」という言葉だ。一見、生徒への激励のようでいて、実はこの映画全体を貫くテーマそのものでもある。
『YELL』を合唱コンクールの自由曲に選んだキリコは、自然の中で歌う野外練習を行う。鳥の声や風の音を感じながら歌詞を読み、その意味を考える。「歌は衝動。ここから空に向かって飛びたいと思わない?」と語りかけるキリコ。そして、合唱コンクールに向けて行われた合宿先で、生徒たちに向けて紹介されるのが、「歌の語源は、『訴える』なの。本当の気持ちを、声で伝える。訴える」という一節だ。
歌うことは、ただ上手に声や音程をそろえることではない。自分の思いを誰かに届けること。だからこそキリコは、歌詞を理解し、自分の中にあるものを声に乗せるよう、生徒たちに求め続ける。
4人の生徒のうち、東山(西垣匠)には「本当の敵は親やなくて、あんた自身や」と厳しく言い放ち、南野(田辺桃子)には「辛いときは、空を見るんや。雲を抜けると、青空が待ってる」と語りかける。かける言葉は違っても、その根底にあるのは、本人が自分の人生を諦めないようにするという一貫した想いだった。
厚木という舞台と、大人になったからこそ分かる言葉の重み

いきものがかりも厚木から(※相模大野や海老名でも路上ライブは開催していたが)巣立ったアーティストであり、本作は『YELL』のミュージックビデオ撮影地でもある厚木市内でオールロケされた。小泉今日子、榊原郁恵、名取裕子ら、厚木にゆかりの深い俳優たちが、それぞれの立場からキリコの過去を語る姿も見どころのひとつだ。
街に残る『YELL』の記憶と、キリコと生徒たちが過ごした時間が重なることで、厚木は単なる舞台ではなく、彼らの青春が刻まれた場所として映し出される。
北村を演じる藤原大祐には、歌声の力がある。ギターを弾きながら歌う姿を見れば、キリコが彼の声を聴いて才能を見抜いたことにも説得力が宿る。挿入歌「白鳥」では作詞・作曲・歌唱も担当し、俳優としての表現に加え、音楽そのものでも翔という人物を支えている。
「振り回されて、脅されて、説教されて……。でも気づいたら、嫌いだった歌が好きになった」
教え子たちが語るこの言葉が、本作の核心を突いている。
当時は反発し、持て余していたキリコの言葉が、それぞれが自分の人生を歩み始めた今だからこそ、時を経て、ふたたび彼らの胸に深く響き始める。
教師の言葉は、卒業と同時に終わるものではない。翔がキリコの行方を追う旅は、恩師の知られざる素顔を探すだけでなく、かつて自分たちが何を受け取っていたのかを、あらためて確かめる旅でもあるのだ。
文=渡邊玲子 制作=キネマ旬報社 制作部(山田)

「キリコのタクト〜YELL〜」
2026年/日本/128 分
【STORY】
北村翔は小さな音楽出版社に勤め、「音楽ジャーナル」の特集企画「伝説の音楽教師」の取材を任されることになった。今回取り上げる教師は、全国合唱コンクールで数々の賞を獲得し、「優勝請負人」とまで呼ばれた原田貴理子。だが、彼女は最近退職し、消息不明となっていた。実は北村にとって、貴理子は自らが学生時代に全国優勝を果たした際の恩師。取材を始めた翔は、彼女の足取りを追って母校を訪ねるが、有力な手がかりは得られない。そんな中、かつての合唱部のメンバーだった同級生と再会し、謎に満ちた貴理子の探す旅に出る。次第に明かされていく、教師の素顔と生徒たちに隠されていた真実とは——。
【STAFF】
監督・脚本・原作:雑賀俊朗
【CAST】
出演:鈴木京香
藤原大祐 井頭愛海 田辺桃子 西垣 匠
榊原郁恵 小西博之 小泉今日子 宅麻伸 名取裕子
配給:KeyHolder Pictures
©︎映画「キリコのタクト〜YELL〜」製作委員会
公式サイト:https://surf-entertainment.com/kiriko.html
