『YELL』がつないだ、希望と絆——雑賀俊朗監督が語る「キリコのタクト~YELL~」

いきものがかりの大ヒット曲「YELL」に着想を得て、音楽を通して希望を伝える教師と、かつての教え子たちの絆を描いた「キリコのタクト~YELL~」。鈴木京香が主演を務める本作は、厚木市制70周年記念事業の一つとして製作され、10月2日(金)から全国公開される。脚本も手がけた雑賀俊朗監督に、本作に込めた思いと映画の魅力を聞いた。
『YELL』との運命的な再会が、映画を生むきっかけになった

——『YELL』はもともと、2009年の第76回NHK全国学校音楽コンクール・中学校の部の課題曲として制作されました。このコンクールで雑賀監督の妻の母校が地区予選を勝ち抜いたことから、監督の心にもこの曲が強く印象に刻まれた。2年後の2011年、東日本大震災が発生。監督はそのテレビ番組を制作するため、被災地へと向かった。
「最初は被災地の現状を映した番組を作ろうと、福島、宮城、岩手の3県を、ガイガーカウンターを持って車中泊を重ねながら回りました。でも被災者の方々にインタビューすると、皆さん復興に対する強い気持ちを持っていた。これは現状を描くのではなく、復興を応援する番組にしたほうがいいのではないか。そう思って、被災した3県の中学生が『YELL』を合唱で歌い、それをリレー形式で中継する『YELL~こころからこころへ声を繋ぐ~』(2011年)という番組に、企画を変更してもらったんです。この番組はとても反響があって、私は『YELL』という曲が持つ希望へのメッセージや力強さを改めて感じました」
——それから12年後。映画館で舞台挨拶をするために神奈川県厚木市を訪れた監督は、本厚木駅で電車の発着メロディとして使われていた「YELL」を、ホームで聴いた。
「いきものがかりが厚木市出身のバンドということに、運命的なものを感じました。その後、厚木市の市長に会うと、市長には厚木市の文化を伝えたいという思いがあって、それを聞いた私は、すぐさま『YELL』をモチーフにした映画を作ってみたいと思い、市長に話しました。
そこから企画がスタートしたんですが、初めに曲の歌詞を分析してみたんです。今やこの歌は、卒業ソングの定番になっています。『サヨナラは悲しい言葉じゃない』という歌詞がありますが、卒業して仲間と別れることになっても、その別れの先には再会もあるし、新しいところに進んでいくという意味合いもある。そんな歌詞の内容を再構築して、映画の脚本を作っていきました」
優しさと凛とした存在感を持つ、貴理子先生を鈴木京香が演じる

——こうして本作は、厚木市の市制70周年を記念して製作されることになった。そして出来上がったのは、かつて合唱コンクールで生徒たちを優勝へと導きながら、その後、忽然と姿を消した伝説の音楽教師・原田貴理子を、元教え子の北村翔が、仲間たちと先生の記憶をたどりながら捜す物語。主人公の貴理子には、鈴木京香がキャスティングされた。
「どういう先生にしようかと考えたとき、貴理子は優しいけれど凛とした感じのキャラクターにしたかった。また、生徒たちの懐にすぐ入っていける親しみやすさも欲しくて、彼女は関西弁を使うことにしました。鈴木さんなら上品に関西弁を言ってくれる気がしたし、芯が通った先生像を作ってくれると思いました。
——鈴木さんは合唱の指揮をするのも、ピアノを弾くのも初めての体験でしたが、役に打ち込んでくれました。脚本を送ると、一度話したいと言われて、プロデューサーと会いに行きました。鈴木さんの脚本にはたくさん付箋が貼ってありました。そして、『このセリフはいいですね』とか、『このセリフはいらないんじゃないですか』と、具体的なアイデアや意見を言うんです。脚本を読み込んでくれていたのが嬉しかったです。
ピアノや指揮に関しても随分練習していただいて、ピアノは両手で1曲弾けるところまで習得してくれました。すべての面で作品に対する鈴木さんの誠実な向き合い方が感じられましたね」
長いレッスン期間によって、育まれた出演者たちの一体感

——貴理子の教え子の中で、メインとなるのが、北村翔を演じる藤原大祐をはじめ、井頭愛海、田辺桃子、西垣匠の4人。彼らは監督が直接会い「この人だ!」と選んだ若手俳優たちである。
「藤原君は最初に会ったとき、『この脚本は、自分の人生と同じだと思いました』と言ったんです。彼も学生のときに合唱をやっていて、ある時辞めたんですが、映画の翔と同様に、先生に口説かれて、もう一度合唱に復帰した経験がある。そこにも運命を感じてました」
——選ばれた4人は、合唱部員として一つになるため、一緒に歌の練習を5ヵ月続けた。
「歌だけではなく芝居の稽古もそのときにやって、それぞれ役のキャラクターや互いの距離感をつかんでいきました。そういう中で藤原君と話しているうちに、彼の声で翔の優しさを描けないかと思い始めたんです。それで翔が歌う曲を作ってみないかと相談したら、『ぜひやりたい』と彼が言って、挿入歌の『白鳥』が誕生しました」
——彼ら4人よりも前に、オーディションで選ばれて合唱部員を演じた厚木市の市民キャストの面々は、約10ヵ月に及ぶ歌と芝居のレッスンを毎週日曜日に受けた。
「撮影の2カ月前にその市民キャストと4人が合流し、さらに撮影の1カ月前から、鈴木さんもそこに参加して練習しました。最初に鈴木さんが登場したときには、みんな緊張してぎこちなかったんですが、だんだん全体の雰囲気が出来上がって、撮影本番はとてもスムーズに進みましたね。この映画では、事前の準備がとてもうまくいったと思います」
貴理子に込めた、今いてほしい、生徒を導く理想の先生像!

——劇中の合唱シーンは見せ場の一つになっているが、貴理子は歌の指導だけではなく、生徒一人ひとりの人生の悩みにも寄り添う。その先生像には、監督の理想が込められている。
「今の時代の先生は、パワハラ、セクハラ、モンスターペアレントなどの問題など厳しい状況に置かれている。非常に生徒との距離感が取りにくい世の中ですが、そんな時代にどんな先生がいてほしいかを考えました。
タイトルの『キリコのタクト』のタクトには、合唱を指揮するということもありますが、タクトを振ることで生徒を導くという意味も込めているんです。彼らを導くけれども、強要はしない。また、教科書に書かれていることを教えるのではなく、生き方を教える先生を描けないかと。コンクールの前に貴理子は生徒たちに、『音楽を間違えずに歌うのではなく、歌を伝えることが大切だ』と言います。音の正確さではなく、人間が本来持っている夢や希望を伝えることの大切さを教える。そんな先生として貴理子を描きました」
——映画の先生と教え子の絆から、観客にどんなことを伝えたいと思っているのだろうか?
若い方に向けては、『夢があるから、人は輝く』ということをコンセプトに作りました。また、貴理子のような大人の方は、事故や大病など、いろんな経験をされたと思うんです。でも、そこで終わりではなくて、自分に起きたことを受け止めた上で、次の人生があるんじゃないのかと。それも含めて、誰もが次の一歩を踏み出せるような作品を目指しました。その思いが皆さんに伝わると嬉しいです」
すべての人に「YELL」を送る、爽やかな人生賛歌。ぜひ、多くの人に観ていただきたい。
取材・文=金澤誠 制作=キネマ旬報社 制作部(山田)

監督・脚本:雑賀俊朗(さいがとしろう)
福岡県北九州市出身。早稲田大学卒業後、映像の世界に入り、2001年『クリスマス・イヴ』で映画監督デビュー。主な監督作品は、「チェスト!」(2008)角川日本映画エンジェル大賞受賞・香港フィルマート日本代表、「リトル・マエストラ」(2012)上海国際映画祭 日本映画週間、「カノン」(2017)金鶏百花国際映画祭 国際映画部門 最優秀賞三冠(作品賞・監督賞・女優賞)、「レッドシューズ」(2023)モントリオールFANTASIA国際映画祭ワールドプレミア上映、「レディ加賀」(2024)第10回シルクロード国際映画祭コンペティション部門・トロント日本映画祭出品。国際交流基金推薦映画として世界各地で上映中。

「キリコのタクト〜YELL〜」
2026年/日本/128分
【STORY】
北村翔は小さな音楽出版社に勤め、「音楽ジャーナル」の特集企画「伝説の音楽教師」の取材を任されることになった。今回取り上げる教師は、全国合唱コンクールで数々の賞を獲得し、「優勝請負人」とまで呼ばれた原田貴理子。だが、彼女は最近退職し、消息不明となっていた。実は北村にとって、貴理子は自らが学生時代に全国優勝を果たした際の恩師。取材を始めた翔は、彼女の足取りを追って母校を訪ねるが、有力な手がかりは得られない。そんな中、かつての合唱部のメンバーだった同級生と再会し、謎に満ちた貴理子を探す旅に出る。次第に明かされていく、教師の素顔と生徒たちに隠されていた真実とは——。
【STAFF】
監督・脚本・原作:雑賀俊朗
【CAST】
出演:鈴木京香
藤原大祐 井頭愛海 田辺桃子 西垣 匠
榊原郁恵 小西博之 小泉今日子 宅麻伸 名取裕子
配給:KeyHolder Pictures
©︎映画「キリコのタクト〜YELL〜」製作委員会
公式サイト:https://surf-entertainment.com/kiriko.html
