岩井俊二の初期2作品が4Kリマスターで復活——「undo」「PiCNiC」に刻まれた、30代の自由な感性

1990年代半ば。岩井俊二監督が新鋭映像作家として、その才能を一躍注目された異色の2作品、「undo」(94年)と「PiCNiC」(96年)が、監督自身の監修による4Kリマスター版となって、2本立てで9月25日から公開される。ともに16ミリフィルムで撮影された初期作品で、現在の岩井作品にも通じる独自の映像感覚と、既成の価値観にとらわれない物語世界が凝縮されている。
山口智子、豊川悦司共演で、緊縛にとらわれた夫婦を描く

岩井俊二監督の劇場用長編第1作は「Love Letter」(95年)だが、劇場公開の順では「undo」の方が早い。「undo」は94年10月、シネスイッチ銀座で1週間限定のレイトショーとして公開された。もともとはビデオ作品として企画されたものだったが、公開時には連日長蛇の列ができる反響を呼び、翌95年8月にはテアトル新宿でロードショー公開され、劇場動員記録を塗り替えるヒットとなった。
岩井監督は、テレビドラマ『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』(93年)の後、「スワロウテイル」の企画を進めていた。その一方で、「Love Letter」はテレビ用企画を映画化する形で製作が進み、「undo」「PiCNiC」もその後に撮影された。
「undo」は、雑誌『ブルータス』に掲載された、岩井監督と山口智子によるフォト・ショートストーリーをきっかけに生まれた作品で、そこに豊川悦司が加わり、映画化の企画が具体化していった。
主な登場人物は、山口と豊川が演じる夫婦の2人(ほかに精神科医役で田口トモロヲが登場)。2人は夫婦で、妻の萌実がペットを飼いたいと夫の由起夫にねだり、由起夫は亀を買ってくる。実は犬か猫が飼いたかった萌実は、その亀を紐で縛り、やがて何でも縛る「強迫性緊縛症候群」になっていく。症状はひどくなり、ついには由起夫に自分を縛ってほしいと懇願するまでになる。
シンプルな内装の無機質な生活空間の中で、夫婦の感覚が微妙にずれ、2人が緊縛というアブノーマルな行為にからめとられていく様を描いている。夫婦のずれは、緊縛以外の場面にも表れる。冒頭、萌美は歯に矯正器具を装着していて、これを外せば由起夫が喜ぶと思っている。ところが、矯正器具を外した萌美とキスをした由起夫は、逆に違和感を覚える。彼はおそらく、キスをしたときの金属の冷たい感触を好んでいたのだ。
そうした感覚のずれを、岩井監督はユーモアも交えながら、言葉ではなく映像で体感させる。47分という短い作品ながら、夫婦の愛情と執着、そして「縛る/縛られる」という行為の奇妙な心理を、観客の触感にまで訴えかけるような映像作品に仕上げた。
新たな才能の誕生を予感させた、「undo」初上映時の熱気!

この47分の作品は、94年10月、東京・シネスイッチ銀座で1週間限定のレイトショーとして公開された。私もこのとき映画を観たが、場内は満員だった。当時、山口智子は『ダブル・キッチン』(93年)、『スウィート・ホーム』(94年)などのホームコメディドラマに主演し、いずれも高い視聴率を記録。豊川悦司も『NIGHT HEAD』(92年)で人気を集め、『この世の果て』(94年)にも出演し、注目を浴びていた。
その2人の共演ということでも話題を集めていたが、観客はこの危うい夫婦の愛のドラマと映像美に、新鮮な衝撃を受けた。小規模な公開から口コミで熱気が広がり、翌95年にはテアトル新宿でロードショー公開。劇場動員記録を塗り替えるヒットとなった。
作品は95年のベルリン国際映画祭フォーラム部門に出品され、NETPAC賞を受賞。その後、「Love Letter」が95年に公開され、異例のロングランヒットを記録。岩井俊二という映画作家が広く知られていく、その序章となった作品の一つが「undo」だった。
岩井俊二映画の女神、Charaと監督が初コンビを組んだ作品

この作品は1994年の夏に撮影され、96年6月に劇場公開された。ココを演じたCharaと、ツムジ役の浅野忠信は、この共演をきっかけに交際をはじめ、95年3月に結婚(09年に離婚)を発表した。
Charaはその後、「スワロウテイル」でヒロインのグリコを演じることになる。岩井監督との初タッグとなった「PiCNiC」は、後の「スワロウテイル」へとつながる重要な作品でもあり、岩井映画におけるCharaの存在を考えるうえでも見逃せない1本だ。
また「PiCNiC」は、96年のベルリン国際映画祭フォーラム部門に出品され、ベルリン新聞読者審査員賞を受賞した。
96年の日本劇場公開版は、暴力的な場面などがカットされた「日本バージョン」で、上映時間は68分。一方、2013年に発売されたBlu-ray「PiCNiC<完全版>」には未公開シーンを加えた72分の完全版が収録されている。今回の4Kリマスター版については、72分の完全版として上映される。
今回、この2作品は岩井監督自身の監修による4Kリマスターとして、現代のスクリーンによみがえる。岩井監督は今回の4K化について、「新しい感覚で見れる仕上がりになってるんじゃないか」とコメントしている。
「undo」と「PiCNiC」には、後の「Love Letter」や「スワロウテイル」へとつながっていく岩井俊二の自由な発想と映像感覚が、まだ荒々しいまま、しかし鮮烈に刻まれている。30代の岩井監督が、既成の映画表現にとらわれず、自由に作品を作っていた時期の2本を、4Kリマスターによって改めてスクリーンで体感してほしい。
文=金澤誠 制作=キネマ旬報社 制作部(山田)
■『undo + PiCNiC 4K リマスター』
9 月25 日(金)よりTOHO シネマズ日比谷他 全国公開 (※2本立て上映)

「undo 4K リマスター」
アトリエのような住まいで暮らす萌実(山口智子)と由起夫(豊川悦司)。ある時、萌実は身の回りの物をヒモで縛りつけるという不可解な行動をとるようになる。ペットの亀を縛り、編み物をする自らの手を縛る萌実を危惧し、萌実を精神科医(田口トモロヲ)のもとへ連れて行く由起夫。診察を受けたところ“強迫性緊縛症候群"の診断を下された。症状は進行し、萌実はついに目に見えないものまで縛り始めるのだった。
脚本・監督:岩井俊二
出演:山口智子、豊川悦司、田口トモロヲ
1995 年 / 日本 / カラー / 47 分
©FUJI TELEVISION/PONY CANYON

「PiCNiC 4K リマスター」
どんよりとした街にたたずむ精神病院で出会ったココとツムジとサトル。施設を取り囲む塀の外に出ることを禁じられていた三人だったが、「塀の外に出なきゃいいんでしょ。塀の上なら、いいのよ」というココの提案に、塀の上をつたい街中へと歩き始めるのだった。地球の最後を見届けるために―。
脚本・監督:岩井俊二
出演:Chara、浅野忠信、橋爪浩一
1996 年 / 日本 / カラー / 72 分
©FUJI TELEVISION/PONY CANYON
公式サイト: https://undo-picnic4k.jp
