中学校の部
最優秀賞
自分のやりたいことを追い求めること、それは幸せだろうか。
映画「国宝」。任侠稼業の家に生まれた喜久雄と歌舞伎一家の跡取りの俊介が歌舞伎の道を進む話。歌舞伎の芸のうまさと、生まれ、血の良さをそれぞれ持つ二人の関係が強く印象に残っている。
映画を見たあの日からずっと頭を離れないセリフがある。
「血が欲しい。お前の血をコップに入れてガブガブ飲みたい。」
喜久雄が涙を流し俊介に訴えた言葉。この時、喜久雄は芸では俊介を超えていた。しかしどれほど素晴らしい芸を持っていても、歌舞伎役者の家の生まれではない喜久雄は孤独感に潰されそうになっていた。完璧にはなれずに血さえよければ…と歌舞伎役者一家の血を欲したのだ。その後も喜久雄は芸のうまさ一つで歌舞伎の中心となっていくが、任侠稼業の家の生まれだと世間に広まったその瞬間追放されるように表舞台で活躍ができなくなってしまう。今までのことが全てなかったかのように。芸がうまいだけ、努力だけでは越えられない理不尽な壁がそこにはあったのだ。
よそ見をせず、まっすぐに夢を追いかけたとしても自分にはどうしようもできない理不尽が現れ夢を砕く。私の歩む道にもいるのだろうか。その時、もう諦めてしまおうが数え切れないほど浮かぶだろう。今までどれだけ時間をかけ、苦労してきたものでも諦めることは簡単で、確かに逃げたら楽だと思う。
しかし、それでも喜久雄は諦めなかった。しがみつくように歌舞伎を続けた。すべてを投げうって、家族も置いていってまで。そしてついに、人間国宝の万菊に声をかけられて再び表舞台に立つことが叶う。
諦めず続ければ報われる。これはそんな単純な話ではない。自分に空いた穴を必死に埋めようと、何もかもを捨て「自分の本当にしたいこと」にぶつかり続けた結果なのだ。その道のりは幸せとはほど遠く、捨てなければならないものも数え切れない。でも、道に迷ったとしても諦めはせず、やりたいことを見つめ追い求めるその道が正解だと決め進んでいける人こそが夢を叶える人だと、この映画にそう深く刻まれた。
これから私が進む道には数えきれない壁がある。先なんて見えやしないだろう。それら一つ一つにぶつかり、越えていく自信など私にはまだない。それでも、どんなに遠くの小さな光でも自分の目指す「やりたいこと」を見失ってはいけないと「国宝」に刻まれたものが道しるべとなってくれる気がする。
今、私は自分のやりたいこと、目標が見えてきた時期だ。でもどうすればそこまで着くのかなんてまだ見当もつかない。だからなんだ、進む方向は決まっている。あの光さえあれば、私は進んでいける。